快楽の時は過ぎ去った。枕元の缶ビールに手を伸ばしてぼんやりと窓の外を眺める。街の賑わいが伝わってくる。40数年前この街でベトナム戦争は終わり南ベトナムという国が歴史から消えた。逃げようとする人たちが飛行機にしがみつき振り落とされる、そんな恐ろしい光景を生々しく思いだす。

「What’s on your mind」彼女が声をかけてくる。長い間黙っているので気になったのだろう。振り返ると「Nothing・・・I was thinking about you、you were very good」彼女は仰向けになり掛け布団で胸を隠している。長い黒髪が乱れてシーツに広がっている。ベトナム女性の肌は東南アジアで一番白い。まじまじと見ていたら「スケベ」と言われてしまった。
サイゴンからホーチミンに変わった都市
初めてタンソンニャット国際空港に降り立ったとき、なんとも言えない感慨にとらわれた。ここはかつてサイゴン国際空港だった。「SGN」というIATAコードにその名残りがある。ベトナム戦争は西側諸国が共産主義ドミノの拡大を防ごうとして始まった。
面向きは南ベトナムと北ベトナムの戦争だった。実態は南ベトナムと米国、北ベトナムを支援する共産国家の戦争だった。たくさんのベトナム人と米国の若者の血が流されたのちに米国は敗北し南ベトナムは北ベトナムによって征服された。南ベトナムは滅び首都サイゴンはホーチミンに変わる。
北ベトナム軍がサイゴンに迫ると、南ベトナム軍は総崩れになり逃げる人たちは米軍基地に押し寄せた。なんとか飛行機やヘリに乗ろうとしたのだ。乗れない人が機体にしがみ付き高空から振り落とされる映像は衝撃的だった。
海に逃げた人たちはボートピープル呼ばれ海賊の餌食となった。国が滅びるのはこう言うことだと子供心に知った。同じことはアフガニスタンでもウクライナでも繰り返されている。日本人は世界の厳しい現実をもう少し理解すべきだろう。
ベトナム戦争は社会主義国が資本主義国を打ち負した戦争のはずだった。なのにベトナムの新空港はまったく資本主義の雰囲気だった。戦争当時、日本は米国の支援国だった。米軍は沖縄の基地を拠点に北ベトナム各地を爆撃した。
日本は戦争が終わるとODAによってタンソンニャット空港建設を支援している。ベトナム政府は感謝して空港の一画に石碑を置いた。過去のことは言わず素直に感謝している。米国の若者たちは、東南アジアの戦乱が終わるとバックパッカーになってベトナムへやってきた。ベトナムの人たちは彼らを受け入れた。時の流れは不思議なもので失敗も成功もすぐに過去になる。過去にこだわり続けるのは得ではなく水に流せば幸せになる。日本も米国を受け入れて幸せになった。

旅の教訓 タクシーは白か緑
空港からホーチミン市内への移動は鉄道がないのでタクシーを利用する。白いピラサンか緑のマイリーンが安全だ。一人でタクシーに乗ると緊張するが今回は大勢なので気楽である。タクシーの窓から風景を眺めていると色んな思いが湧き上がる。
戦争は多くのものを破壊するが生み出すものもある。開口建は米軍の取材に同行しベトコンに襲われて九死に一生を得た。その体験によって考え方が変わり芥川賞の作品を書いた。米国はヒッピー文化が生まれた。タイは米兵によってドラッグとエイズが蔓延し国が滅びそうになった。沖縄はコザで酔っぱらって暴れる海兵隊を相手に新しい沖縄音楽が生まれた。ボブ・ディランやジョーン・バエズの反戦歌は世界中の人に支持された。その影響で日本にフォークソングが生まれた。
「もう夜のことを考えているのですか、ほんと好きですね」感慨に耽っていると声をかけられた。「あんたも好きね」加藤茶のようだ。いやいや、君たちの知らないベトナム戦争について考えているんだよ、とは言わない。今回の旅はホーチミンの夜を味わい尽くすのが目的だ。彼らの頭に観光や歴史への興味は無いから通じないに決まっている。
ホーチミンはサイゴン時代の名残りからか多くの風俗がある。日式KTV、偽装床屋、置屋、デリヘル、マッサージと多様である。ホンダガールもいる。タイと異なるのは日式KTVは女性と一緒に帰れない。その代わりにガールズバーがあるらしい。「今日はどのあたりを攻めますか」「偽装床屋というのが気になりますね」「やっぱりガールズバーでしょ」
現実の世界で確たるものは性欲と資本主義だけである。

旅の教訓 ベインタイン市場はスリに気をつけよう
空港からベインタイン市場の近くまではタクシーで約40分くらい、夢中で作戦会議をしているとあっいう間に着いてしまった。ホテルは市場の近くにあり立派だ。宿泊代は日本円で8000円くらいだった。チェックインを済ませると夜までの時間つぶしに周辺をぶらぶらする。
ベインタイン市場は全部見るのが大変なくらいに大きい。衣類やお土産、食品がそれぞれのコーナーに分かれて売られている。時間はたっぷりと有るのでのんびり歩いているとメンバーの一人が焦った様子でバッグのなかを探りだした。財布がない、気がつくと無くなっていた。
先ほど買い物をしたときに落とした言うが恐らくすられたのだろう。バックをお尻の方に回していたのがいけない。ベトナムのスリの腕は鮮やかだ。すられた金を惜しむよりよりもカードの停止などの手続きが大変だった。本人がそれに苦労しているうちに日が暮れてきた。
市場が閉まり色んな屋台が出てくる。せっかくなのでここでベトナムビールとバインミーを味わうことにした。バインミーは腹ごしらえに十分なボリュームがある。腹が膨れたところでブイビエン通りに向かった。

ブイビエン通りのガールズバー
ブイビエン通りは人で溢れかえっていた。店先に並べられたテーブルに、ベトナム女性と白人のカップル、色んなグループや酒を飲んでいる。アジアの盛り場には欧米人が多い。女性たちは小さなプラスチックの椅子に脚を組んで座ってスマホをいじりながら歩く人たちを眺めている。ベトナム女性の脚は日本女性の脚とまた違った色気がある。この雰囲気、期待できますよ。
多くのガールズバーの中なから一軒を選んで入った。日本のガールズバーに似た店内に可愛い娘がたくさんいる。残念ながら日本語はあまり通じない。「いらっしゃませー」や「飲み物いいですかー」は大丈夫だ。飲み物を奢っているうちに時間は過ぎて交渉の時間になった。
カラオケを歌えないのは寂しいが仕方がない。ショートで200万ドン(約11,000円)、ロングは300万ドン(約16,500円)が相場でペイバーはいらない。交渉は簡単にまとまり、帰ろう、帰ろうとなる。ホテルの名前を伝えると彼女はホンサオダウ(大丈夫)と笑う。ベトナムは夜の10時以降、結婚していない男女が一つの部屋にいてはいけないという法律がある。泊まっているホテルが一緒に帰っても大丈夫か、それは女性に聞くのが一番のようだ。

旅の教訓 未結婚の男女は、夜10時以降同じ部屋に居てはダメ
浴室で汗を流して缶ビールを飲んでいると、彼女の使うシャワーの音が響いてくる。音が止まると長い黒髪を巻き上げたバスタオル姿の彼女がやってくる。白い肌が刺激的だ。私の準備は恥ずかしいくらい完璧だった。彼女はあまりプロらしくなかったが与えてくれた快感は満足できるものだった。
快楽の余韻にひたりながら外を見ていると彼女が話かけてきた。「What’s on your mind」「Do you know the Vietnam War?」「Of course . it doesn’t matter to me」相応しい話題でなかったようだ。「What will he do tomorrow? Will you come to my bar」布団が少し下がって乳輪が見えている。「My be」。
「You should come」布団が更に下がり乳首が見える。「Sure」思わず言ってしまった。アオザイの女性とカラオケを歌いたい、偽装床屋もマッサージにも行きたい。だがホーチミンの夜を味わい尽くすまでにこの娘だけで旅が終わってしまいそうだ

今夜は悪くない出だしだった。明日はどうしよう、ホーチミンの夜は期待が膨らむばかりである。


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