「ねぇ、もう入っているわよ、わかる」と上になった熟女が囁く。そう言われて初めて緩い感触に包まれているのに気づいた。「えっまだ着けてないよ」「いいのよ」と笑う、妖艶というよりニヤリという感じで少し怖い。ひょっとしたら水木しげるや夢枕獏が描く怪異の世界に紛れ込んでしまったのかもしれない。

熟女はニヤリと笑った
彼女は熟女デリヘルからやって来た。いまは化外の民と疑うようなオーラを出している。車の渋滞によってずいぶん遅れてやってきた。長く待たされたことに怒らずに優しく接したのが気に入られたのか、甲斐甲斐しくサービスをしてくれる。彼女にとって「生」は最高のオモテナシなのだろう。そこまでしてくれなくても良いのだけれど。
頭の中に、淋病、梅毒、エイズなど知る限りの性病の名前が次々と浮かんできて思わず目をつむる。「どう気持ちいい?」生といっても締りが悪いので正直あまり気持ち良くない。目を閉じたのを感じていると思ったのか、自分が感じているのか、動きがますます激しくなる。そんなに激しくしたら毛切れするかも。サービスは嬉しいのだけど、もし病気があったらどうしよう、大阪のホテルで困っている。そんなに動かなくても・・・

旅のお勧め コンドームレストラン キャべジズ & コンドームズへ行こう
タイのバンコク、BTSのアソーク駅の近くに「キャべジズ & コンドームズ」というレストランがある。1990年代、タイはエイズの感染爆発によって国が亡びかねない状況だった。ベトナム戦争に出兵した米兵士が休暇をタイで過ごしてエイズを流行らせた。
国家存亡の危機に、タイの閣僚経験者のひとりがエイズ対策のレストランを開いた。当時エイズ対策はコンドームによる予防しかなかった。コンドームを街で売られるキャベツのように普及させようと考えたのである。
このレストランは、白いブラウスのウェイトレスが食事が終わると黒い包みを全員の前に置いていく。コンドームが焼肉の後に出されるガムのように出てくるのだ。ウェイトレスの若い娘が「次はこれが要るのでしょ」と言っているようで恥ずかしい。
レストランの入口に、Tシャツや各国のエイズ防止キャンペーンのグッズが置かれている。グッズの種類は毎年増えて華やかになりコンドームは箱の中から取り放題になった。最近、展示物は更に派手になり、ゴムを纏った兵隊や天使、クリスマスツリーが置かれている。インスタ映えするスペースになって、目当てに来店する女性客も多くいるそうである。

キャべジズ & コンドームズの料理はうまい
このような展示がされていると、キワモノ店のように思うが、奇抜な店名やコンドームのオブジェ以外はいたってまともで、家族連れやカップルが利用するロマンチックなレストランである。店内は多くの木々が植えられ森のようだ。イルミネーションは派手すぎないように抑えられ、高級レストランの雰囲気が漂う。
出されるタイ料理は不思議なほど日本人の口に合う。まずはシンハービールで、肴は揚げ春巻きから始める。これはチリソースとよく合いビールにピッタリだ。ポークのバジル炒め、タイ式バリそば、エビの入った餃子やほうれん草の炒め物も美味い。マッサマンカレーもいける。ようするに何でもうまい。ただメコンウィスキーだけは駄目だった。
女性と行ってもコンドームはそれぞれに渡される。女性と二人で行ったとき、彼女は受け取ったそれを微笑みながら滑らしてきた。はてこれは「今夜は使う必要が無い」「2回は頑張って」どちらのサインなのだろう。どっちも辛いかもしれない。落ち着いた店内はコンドームの大切さを考えるのに最適である。

旅の教訓 エイズは人生最大のリスク
エイズはゲイに流行る謎の病気として登場した。感染すればカポシ肉腫やカリニ肺炎などおどろどろしい病気で死んでしまう。今はHIVとエイズは区別され、HIVはヒト免疫不全ウイルスが体内にいる状態をいい、エイズは後天性免疫不全症候群と呼ばれ、HIVによって体の免疫力が低下しいろいろな合併症が出た状態をいう。
過去は確実に死に至る病だったが、治療法が急速に発達して慢性疾患として生きられるようになった。しかし死なないといっても感染すると多くのものを失う。まず免疫の低下と感染症の恐怖がついてまわる。性交相手を探すのは至難になるだろう。同じテーブルを囲む友人や知人も減るに違いない。世間からの偏見も強い。
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スマホ脳の著者アンディシュ・ハンセンは言う、人間の身体は大勢が感染症で亡くなるという現実に基づいて進化した。免疫システムと感染回避の行動を身に着けている。ウィルスや細菌が身体に入らないようにするのは入ってしまってから対処するのと同じくらい重要だ。だから人は相手を見ただけで病気だと察知する能力を持っている。
人は病気に罹った人を避けるようにできているのだ。その行動は脳に刻まれた本能的な仕組みなので、理性がHIVの感染力は弱いから近づいても大丈夫と告げても、感情は感染者を避けようとする。感染者本人や第三者が「避けるのはひどい」と言っても無駄なのだ。
私自身、知人がAIDSに罹ったとき、彼が良く行く店のカウンターやグラスに触れるのが怖くなった。彼は大手企業の役員に内定していたが辞退した。自分の棒を振りすぎて人生を棒に振ってしまった、と馬鹿なことを言うにはあまりにも重い現実である。

旅の教訓 快楽と破滅の境は0.01ミリ
罹らないのに越したことはない。HIVは基本的に粘膜にできた小さな傷から侵入する。コンドームを付けることで感染リスクは限りなく0%に近づけられる。「キャべジズ & コンドームズ」のコンドームが、エイズ防止にどれほど貢献したかわからないが、持っていれば使うから沢山の人を救ったのではないだろうか。
2021年の日本のHIV感染者数は2.3万人、タイの感染者数は2019年のデータで45万人である。そのうち2.8万人は自分が感染していることを知らない。これは恐ろしい。治療法が発見されてメディアが取り上げる回数が減ったために人の記憶から忘れられているが、これほどの感染者が居るとすれば夜の街はけっこう地雷原である。
子供は自転車に乗るときヘルメットを被る。大人も着用しなくてはいけなくなった。すべて安全のためである。風俗でも安全を考えるなら帽子を被らなくてはいけない。快楽と破滅は境は0.01ミリなのだ。
バンコクの最初の夜は「キャべジズ & コンドームズ」に行こう、幸せそうに食事する家族とコンドームの天使を見て予防の大切さを思い出そう。初めて行ったとき、コンドームを被る青年がデザインされたスウェーデン製のTシャツを買った。今でも私の戒めである。

旅の教訓 懸念があったら直ぐ検査をしよう
熟女と過ごしたあと、心配症の私はけっきょく泌尿器科へ行った。待合室はお年寄りが多くて恥ずかしい、結果が出るまでの不安ときたら人生の全てを失うようだった。陰性とわかったときの安堵感は言葉にならいものだった。こんな不安が一個のコンドーム(もっとかもしれないが)で防げるのなら安いものである。

気をつけていても予想外なことが起こる。コンドームだって破れる可能性がある。そんなことに出会ったときは覚悟をきめて検査に行こう。心配しながら遊ぶのは一番いけない。
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