「だからね、この前は彼女に見られたから気まずかったんだ。気づかれなければ良いと思わないか」確かにそうなんだけど何か違うぞ。「マッサージに行こう、酔いも醒ませる」「そうだね」となってしまった。一度火が着いた男は何人も止められない。マッサージはもちろんエロである。

ホテルのカウンターにいる女性
毎年バンコクへ行っていた時期があった。12月の初旬に3泊程度滞在して、昼にゴルフを2ラウンド夜にマッサージパーラーに1回行く。なんとなくそう決まっていた。それ以外の時間は街をブラブラして過ごした。
一緒に行くのはタイへの出張経験が多い友人だった。二人でバンコク在住の友人を訪ねるのである。「ソイ、スクンピッド、イーシプシー」が彼から最初に習ったタイ語だった。泊まるホテルの住所である。珍しく一週間ほど滞在した年の話である。ホテルのロビーに小さなバーカウンターがあった。バーといってもビールやウィスキーがある程度でコーヒーや紅茶をもっぱら出していた。バーではなく喫茶だったかもしれない。
カウンターにいつも同じ女性がいた。白いブラウスと黒いスカート、髪をきっちり纏めている姿が初々しい。まだ二十歳になっていないだろう。昼に出かける時はコーヒーを、夜に飲んで帰るとビールを彼女に頼んだ。
彼女はいつもニコニコと二人を迎えてくれる。そのうちサワデカップ、サワデティンイェンなどと話すようになった。卵形の顔に太めの眉、はにかむような笑顔に幼さが残っている。彼女に会うのが楽しみだった。

女性と一緒に部屋へ行くのを見られた
ある晩パッポンのゴーゴーバーの女性と一緒に帰ってきた。Tシャツにジーンズの短パンの女性たちは賑やかだ。大きな声で笑いながら警備員のリストに名前を書いている。ふと振り返るとカウンターに彼女がいた。いけないものを見られた気分になった。
彼女はいつものように微笑んで少し頭を下げてくれる。彼女はこの光景をどう思うのだろう。心に罪悪感が湧いてくる。ゴーゴーバーの女性は生活の糧でやっているのだから、彼女らと帰るのはなんら恥じることはない。それでも後ろめたい気持ちが残った。
翌朝、彼女は「サワデカー」と明るく迎えてくれた。コーヒーが出され「コップンカップ」と言うと嬉しそうな笑顔になる。友人が「彼女がいる時間は、昨日のようなのは止めたほうがええな」とぼそっと言う。彼も居心地が悪かったようだ。
帰る前日、ゴルフ場で遅い昼食を取りながら「今夜はどうします。タニヤですか、ナナプラザですか」と話すがなんとなく気分が乗らない。「彼女にプレゼントを買いませんか。その後、少し美味しいものを食べておとなしく帰りましょう」唐突な提案に友人がすかさず頷く。
やっぱ彼女のことが気にかかっていたのだ。タイ在住のゴルフ仲間は「この好きもの達はどうしたんだ、病気か」と怪訝そうに見ている。

タイにお土産は、タイシルクのジム・トンプソン
プレゼントはジム・トンプソンで買おうと決まった。ホテルへ帰ってシャワーを浴びてロビーの彼女に手をふって出発する。BTSのスクンピッド駅からサラディーン駅へ向かう。駅を出るとジム・トンプソンの本店はすぐである。立派な店の構えなのでちょっと入りにくいが、大きなドアを開けるとセレブの気分を味わえる。
ジム・トンプソンは人の名前である。彼は第2次世界大戦中に米国の諜報機関員として世界で暗躍した。バンコク赴任途中に戦争が終わったので、軍をやめバンコクのオリエンタルホテルの再建に取り組んだ。同時にタイシルクの販売も行った。
彼にはセンスがあった。デザイン、色彩、シルク業界への貢献によって世界的に有名な「ジムトンプソン」というタイシルクのブランドが生まれた。その後、彼はマレーシアで行方不明になる。事故説や陰謀説があるが理由は謎である。ただ彼の功績が受け継がれているのは確かだ。

スカーフと小さな象柄の小物が可愛い
1階は手頃な値段でお土産になりそうな小物がたくさんある。色とりどりのスカーフやハンカチ、化粧ポーチやメガネケースがある。いざとなると、オヤジは何を選んでいいのかわからない。
2階は自分のために買うものが揃っている。高級バッグやTシャツ・シルクシャツ、ドレスなどである。どれも高価だ。中国人が10万円くらいの会計をしている。この階はお呼びでないと退散した。
1階に降りて、女性店員にタイの若い女性へのプレゼントを探していると伝えると優雅な笑みを浮かべ優しく相談に乗ってくれた。さすがに高級店である。贈る相手はいつも優しいウェイトレスだと話すと「まぁ、羨ましい」と目を丸くした。なんだか嬉しい。青緑色の小さな象が繋がった化粧ポーチを選んだ。1000バーツだったから奮発し過ぎだったかもしれない。

ついでに妻のお土産のスカーフを買った。600バーツくらいだった。ジム・トンプソンの本店は雰囲気が良くて気分が良くなる。スカーフと小物は女性に喜ばれること間違いない。免税もあり後から儲けた気分になる。
大きな水トカゲがいるルンピニー公園
食事までちょっと時間があるのでルンピニー公園で時間を潰すことにした。ゴルフと買い物で疲れた身体に売店で買ったタイガービールが染み透る。「良いのがあったね」「タイはやっぱり象柄が良いです」「彼女は喜ぶかな」と話が弾む。オヤジがはしゃいでいるのはとても気持ち悪い、何を考えているのやらと水トカゲが呆れたように見ている。

インテリアが素敵な高級タイ料理店 Baan Khanitha & Gallery
公園からタイ料理のレストラン、Baan Khanitha & Galleryへ向かう。美術館のような雰囲気が漂う高級店である。テーブルに可愛くまるめたおしぼりが置かれている。オヤジはすぐさまそれで顔を拭くのであった。
最初にナッツが緑の葉っぱに乗ったつきだしミアンカムが出てくる。それをつまみにビールを飲みながら料理を注文をした。パパイヤを刻んだ辛いサラダのソムタムや、海老が美味しいトムヤムクン、料理はどれも美味しい。海老のすり身揚げトートマンクンは酒のつまみにぴったりで白ワインまで頼んでしまった。
プーポップンカレーが出てくる頃にはけっこう酔っていた。「これからどうする」「えっ、ホテルへ帰るんじゃないの」ゴルフ場の殊勝な気持ちはワインで溶けてしまったようだ。

やっぱり夜はマッサージ
「彼女に見られなければ良いんだ。マッサージにいこう」と言い出した。もちろんエロでマッサージである。ホテルの近くのスクンピッドに店が多くある。日本とほぼ同じシステムでコースを選んで料金を払う、部屋でシャワーを浴びてマッサージ開始だ。
小柄な愛想の良い娘のマッサージは本格的で絶品だった、あまりの気持ちよさに寝そうになってしまう。「そろそろだよ、起きてください」「起きてるよ」と指差すとあははと笑って「アレ持ってる」と聞いてくる。もちろん・・・マッサージ料は全部合わせて2000バーツ、チップに100バーツだった。
「自分たちも楽しんで、彼女は贈り物をもらう、Win Winだね」と訳の分からないことを言いながら歩いて帰る。「そう、こんなのはバレなければいいんですよね」嫁さんと違う、相手はなんとも思ってないだろう。酔っ払いがホテルへ帰ると彼女はまだ働いていた。

一期一会 彼女の笑顔に心は満たされた
「お帰りなさい」の日本語の挨拶といつもの笑顔である。ビールを注文して、今日のお店は美味しかったですねぇとアリバイ作りのような話しを続けていると友人が肘で腰のあたりを突いてくる。
そうだった、彼女が背を向けている間に贈り物の包を取り出しカウンターに置く。こちらを向いた彼女に「Tomorrow we will go back to japan」「ほんとう」「そう」「 This is a present from us.I would be happy if you received」「IではなくてWeちゃうの」とツッコミがはいる。
彼女は驚いて目を見開いて手で口元を覆う、そしてすぐに手のひらを向けてなにか言う。そんなの頂けないと遠慮している。ここで友人が猛烈に話しだした。タイ語と英語のちゃんぽんである。お世話になったとか、口止め料とか怪しいことを言っている。
彼女はそれを笑いながら聞いていたが、急に真面目な顔になって「コップンカー」と手を合わせてお辞儀をする。タイの人たちのこの仕草は本当に美しい。心が満たされた一瞬だった。

次の朝、出発の前にコーヒーを飲んだ。彼女はいつものように笑顔で挨拶をしてくれるが、忙しくて話しをする余裕がない。カウンターの内側を見ると青緑色の象柄のポーチがある。ポーチは少し膨らんでいた。オヤジたちの心は再び満たされた。
「さぁ帰りましょう」と席を立つ。振り返ると彼女が手をふっている。「良い旅行でしたね」観光や夜遊びも良いけどこんな旅も良いものだ。
そうして一年が過ぎ12月がまたやってきた。その頃にはもう彼女のこともプレゼントのことも忘れていた。薄情なものだ。ホテルへ入るとバーのカウンターに彼女がいた。私たちを見て少し驚きすぐに笑顔になった。まだ居たんだ。あの夜が蘇る。

チェックインを終えてビールをお願いする。「お帰りなさい」の日本語はだいぶ危うくなっていたが笑顔は変わらなかった。カウンターの中をみるとあの朝と同じ場所に青緑色の象のポーチが置かれていた。少しくたびれて前より膨らんでいる。よく見ると彼女も一年前より大人になっていた。
コメント
普段コメントを書き込む事はめったに無いのですが言わせてください。
読み物としてとても面白いです。
小説出版してるなら買うので教えてくださいってくらいに面白い
KEITA様 コメントありがとうございます。
そう言っていただけると嬉しいです。私の書いているのは、4分の3くらいが事実で(数字は大体合っています)
残りは色んな事情から脚色しています。こんな旅もあるくらいで読んでもらえれば幸いです。