コーヒーの花を見に行ってきたと言うと、彼女は「I have never seen coffee flowers」と興味がなさそうに寝返りを打った。バービアで知りあった女性である。バービアでは色んな話をするので心の距離が縮まる。距離が縮まると行為の快感が増す。だがもう話は必要ない時間になったようだ。

ホーチミン ベトナムコーヒーはのんびり
ぽとり、ぽとりとコーヒーの雫が落ちていく。カップの上にアルミのフィルターが乗り、お湯が注がれたコーヒーの粉が入っている。フィルターの穴が小さいのでぽとりぽとりになる。ホーチミンのコーヒーは粉とフィルターとカップで出てくるスタイルが多い。
最後の一滴が落ちきるまでたっぷり5分はかかる。バインミーは既にテーブルに置かれている。二人でカップを眺める時間はとても長い。女性となら短いだろうが、前に座っているのはガッチリとした体を白いカッターシャツに包んだ青年である。名を福田君(仮名)という。
彼はコーヒーはバインミーを食べながら飲むものとの信念を持っているらしい。京都王将で餃子と生ビールを注文するとビールを先にするかと聞かれる。ビールと餃子を一緒に食べる派とビールを先に飲む派に分かれる。私はビールを先に出してもらうタイプだが彼は我慢派である。フィルターに粘り着いた最後の一滴がなかなか落ちない。
やっと出来上がったコーヒーは苦い。ロブスタ種が主なのでエスプレッソを2倍にしたくらい苦い。そこにコンデンスミルクを入れると、苦味と甘みが混ざった複雑な味になる。慣れるとこれが病みつきになるらしい。

「ここのコーヒー、美味しいでしょう」福田君が口を開く。「僕はコーヒーより紅茶が好きだけど」「そ、そうですか。明日もある所でコーヒーを飲んで欲しいのですが」「いいよ」「ちょっと遠いのです。バンメトートという街で飛行機で1時間半くらいかかります」「無問題」
なんでもそこに世界コーヒー博物館が建設されたので、その関係の人に会うらしい。「朝がちょっと早いです」「いいよ」と無表情に答えたが内心は「ラッキー」だった。サラリーマンをやっていると時に役得が回ってくるが、喜びを顔に出してはいけない。次の幸運が逃げてしまう。
無表情にバインミーを食べていると「助かりました。今夜はカラオケを奢ります」とさっそく次の幸運がやってきた。バンメトートは、知らない振りをしたが実はよく知っていた。バックパッカーの神様、下川裕治氏がコーヒーの花の香りを求めて9時間も長距離バスに揺られた街である。そこへ飛行機で行ける、それも経費で。そのうえ今は2月、コーヒーの花が咲く頃なのだ。無事幸運の前髪を掴めた。

コーヒーの街 バンメトート
ほんとうに早起だったがベドジェットなので気分は悪くない。キャビンアテンダントが可愛い。彼女たちのクリクリ動くお尻を見ると目が覚める。タン・ソン・ニャット国際空港からバンメトート空港まで約一時間である。
バンメトートはダクラグ県の省都で高原地帯にある人口30万の都市だ。ベトナムコーヒーの一大産地でもある。ベトナムはブラジルに次ぐ世界第2のコーヒー生産地なのに、ブラジルとかキリマンジャロといった地名のついたブランドを聞かない。ベトナムコーヒーの一括りがあるだけだ。
それはベトナムで栽培される95%がロブスタ種であることによるらしい。まぁ、紅茶派というかお茶派の私には関係ないのだが、コーヒーの主要品種はロブスタ種とアラビカ種に分かれ、ロブスタ種は標高1000m以下で作られ、アラビカ種に比べると味が濃いというか苦味が強い。そのためでブレンドのベースに使われ単品種では販売されないらしい。

バンメトートの空港は日本の地方空港のようにのんびりしていた。建屋の外には緑のマイリーンタクシーが待っている。このタクシーはベトナムのどこにでもいて安心だ。空港からの街への移動はタクシーしかない。さっそく博物館に向かう、途中のカフェでコーヒーとバインミーの朝食を取る。コーヒーはぽたりぽたりでなく普通にカップで出てきた。
街は静かで、ホーチミンやハノイのようバイクの洪水がない。数台の車とバイクが走っているだけである。道路の側で白い花をつけているのがコーヒーの木らしい。下川氏はコーヒーの花の香りを、ジャスミンより甘くユリより軽いと言ったが窓をあけても香りは入ってこなかった。

旅の教訓 世界コーヒー博物館は一見の価値あり
世界コーヒー博物館はベトナムの大手コーヒーメーカーのチェングエングループが経営する施設である。北海道の白い恋人のテーマパークや滋賀県のクラブハリエのキャンディファームみたいなものだろう。
博物館は空港からわずかの距離だった。森が切り開かれ草原となった高台に建屋が見えてくる。曲線を描く三角屋根の長屋風の建屋は、少数民族エデ族の長屋をモチーフにしたもので、それが5棟並んでいる。これは福田君の説明であるから間違っていたら責任は彼にある。
建屋の中にコーヒーに関する一万点の展示物やコーヒー園の歴史や開拓のショーを行う劇場がある。ショーは面白そうだが高額である。「高額だけど後学のために見たい」ダジャレは簡単に無視され、ひとりの人物の前に引っぱって行かれる。アイム・・・フロム、ジャパンとか、ナイスチューミーチューとか言いながら名刺を差し出してお辞儀をする。
福田君がベトナム語で何か話をして握手をする。何がなんだかわからない。ディスミュージアム イズ・・・と言おうとする私を引っ張る。こいつ喋らせない気だな。
展示物はなかなか素晴らしかった。古いやかんが鳥かごに入って吊るされたり、コーヒーにまつわる世界中の道具が展示されている。古い銅鑼も並べられている。少数民族ムノン族の神聖な道具だそうだ。コーヒーだけでなく少数民族の展示があるのは、国や企業が彼らを大切にしている証なのだ。
建屋は展示品の古さと対照的にモダンなデザインである。曲線を巧みに使って外光を取り入れている。コーヒー好きでなくても一見の価値がある博物館だ。

働く美女たち
館内を移動しつつ周りを眺めると働いている女性がみんな綺麗なことに驚く。カフェのお嬢さんは髪をお団子に纏めて、白いポロシャツに黒いエプロン姿でてきぱきと働いている。黒い髪に太めの眉、ほつれた髪が色っぽい。スタッフのお嬢さんは黒髪に白い肌、切れ長の瞳の美人ばかりだ。
白い制服が包む身体は、肩から細いウエストまで流れるような曲線が続き、大きくはないが良く張った腰で終わる。手は長く細く足は肉付きの良い太腿から足先までまっすぐ伸びている。いい女だなぁ、こんな女と・・・と妄想していたら「見すぎですよ」と声がかかった。
「きれいやな」「そうですね、この会社はお金持ちだから美人が集まるのです」「日本でも同じだね」と話題はコーヒーから遠く離れてしまった「あんな女性がいる遊べるところないの」「まだ午前中ですよ」と一蹴である。君はものごとの機微が分からないらしい、偉くなれないよ。

ジャスミンより甘くユリの花より軽い、コーヒーの花の香り
タクシーに戻ると「帰りの飛行機まで少し時間があるので観光しましょう。行きたい所ありますか」行きたい所と言われてもねぇ。「滝や象に乗れる場所が人気らしいです」滝はどこでもあるし象は臭いからいやだな。正直に「コーヒー畑」へ行きたいと言ったら「コーヒーなんかそこら中に生えているじゃないですか」と呆れられる。
バックパッカーの下川裕治氏や彼の記憶に残る花の香りのことを話すと、何を柄にもないことを言っているのだろうと呆れた感じである。そのやり取りを聞いていた運転手が「コーヒー畑か、滝に行くまでにたくさんある」という。コフィが分かったのか商売上手である。
街に個性的なカフェがたくさんあり、そこを抜けると周囲に緑が増えてくる。運転手は30分ほど走ったところで車を止めて降りろという。眼の前にコーヒー畑が広がっていた。白い花をつけている木があれば実をつけている木もある。
花を見ながら佇んでいると甘い匂いが漂ってくる。暫くすると香りが強くなった。コーヒーの苦味の中に感じる甘みのようなほのかな香りである。ジャスミンよりはユリの花に近いと感じる。下川氏の記憶のユリの花はカサブランカで、私の記憶の花はササユリだから違いがあるのかもしれない。
藪の中に咲くササユリの香りは淡いのである。このコーヒーの香り、悪くない、悪くないじゃないか。振り返ると運転手と福田君が不思議そうな顔をして見ている。オヤジが花の香りに感動しているのはやっぱり変だろうね。

旅の教訓 我慢できないときはブイビエン通りへ
ダライヌアの滝は少し歩かないといけないが良かった。ベトナムのナイアガラである。滝の入り口のレストランで運転手と3人で食事をした。「なんでコーヒーの木がうれしいのか」そう言われると答えがない。
帰りの車の中で思い出されるのは博物館の女性たちだった。彼女達の姿がコーヒーの花の香りと一緒に浮かんでくる。嗅覚と視覚の両方が欲望を刺激する、なかなか強烈な攻撃だ。福田君が「博物館の女性はみんな綺麗でしたね」と話しかけてくる。「今夜もカラオケいきますか」私の欲求は見透かされていた。
帰りの飛行機のキャビンアテンダントはやっぱり色っぽかった。小さめのお尻が揺れながら通路を去っていく。「今夜はねぇ、カラオケでなくバービアへ行こう、今日見たような女を探して見つかるまでハシゴをしようよ」「ほんとですか、あんな子は絶対いませんよ」「ものは試しだよ」・・・
ということでブイビエン通りのバービアにいる。この一画の店をハシゴした。やはり博物館のような美女はいないが可愛い娘はたくさんいた。長い黒髪、コーヒーの花のような白い肌、笑い声を聞くだけで満足だ。

ブイビエン通りは期待を裏切らない
福田君はお触りするのに夢中だ。こいつもけっこうストレスを抱えているのだろう。海外駐在はじっさい大変だ。いっぱい触れば良いよ、飲み代は僕が持つから。70万ドンくらいは自分で落とせる。ここはバーファインはいらないからショートの200万ドンくらいは自分で払う。後はチップと帰りのタクシー代くらいだ。
そのときの女性が側にいる。寝返りを打ちながら「I have never seen coffee flowers」という。僕も見たのは始めてだったと言いながら抱き寄せる。バービアは色んな話したあとでベッドを共にするから心の距離が縮まって快感が増す。
彼女は良い匂いがする、まるでコーヒーの花の香りだ、だったら良かったがそんなにうまい話はない。博物館の美人はバービアに居なかったが、話して楽しい彼女は見つかった。彼女が腕を回してくる。そういえば今日は早起きの長い一日だった。もうひと頑張りすれば眠れる。

今日はコーヒーと少数民族に出会えた、ベトナムは知らないことがまだまだありそうだ。
コメント