「そんなところは無いよ」太腿を揉む手に力が入った。「それがしたいならスマホで探すことだね」益々力が入ってくる。「ノウ・ダウ。ラ・ムーン」「痛い」おばちゃんは、あんたが変なことを言うからよとばかりに力を込める。ここはベトナムの古都フエである。

なぜそんな所で痛いマッサージを受けているのか。「スケベ」おばちゃんが指で向こう脛の骨の間に指を強く押し付ける。ノウ・ダウ(痛い)が気持ちいい、長い時間歩いた疲れが消えていくようだ。でも気持ち良くして欲しいのはそこではないんだけど。
フエ観光にやってきた。
久々のベトナムである。ホーチミンで夜を楽しみ、昨日の夜べドジェットでやってきた。地元の航空会社だけあって便数が多い。飛行時間は1時間40分くらい、これが電車になると24時間、バスなら22時間と大変な時間がかかる。料金は電車は80ドルくらい、バスも30ドルくらいだ。飛行機は安い便なら40ドルくらいだから、バスや電車に乗るのを目的にしないのなら飛行機が圧倒的にコスパが良い。
フエはベトナムの古都と言われるから鄙びた街を想像していたが、新市街は明るくて観光客や若者でいっぱいである。なんでも大学があるそうだ。ショッピングセンターもある。通りにはオープンエアーのレストランがたくさんあって多くの人たちが食事や酒を楽しんでいる。思ったより近代的で賑やかだ。大勢の観光客、賑やかな繁華街とくれば風俗も盛んなはずだ。今夜は力を蓄えて明日の夜は頑張ろう。

フエは古都の名にふさわしい街だった
フエはベトナム最後の王朝グエン朝の首都である。1802年、グエン朝の初代皇帝阮福映は南北に長いベトナムを統一した。彼は国名を「南越」にしようと、中国の清にお伺いを立てたが過去に南越国があったことからそれが認められない。長い交渉の末に「南」と「越」をひっくり返して「越南」とすることで決着した、1804年のことだった。
グエン朝ができるまで、北部はハノイを中心にキン族が支配し、中部はチャンパ王国に代表されるチャム族が治め、南部のメコンデルタはカンボジアとルーツを同じくするクメール人が国を作り、それぞれが争っていた。やがてキン族が力をまして南下していく。
「いらっしゃいませー」と可愛く迎えてくれたハノイのKTVのお嬢さん、ちょっと無愛想なダナンのVIPマッサージのおばさん、ホーチミンのガールズバーのお姉さんたちは、キン族、チャム族、クメール族だったかもしれない。違った民族の女性とできたと思うと何か嬉しい。
インドシナ半島の古い歴史からグエン朝に古さを感じるが、実際は1802年にフランス人の後押しによって成立した近代国家である。日本の平安京遷都が794年、アメリカの独立が1776年だからずいぶん若い。その王朝の首都を古都と呼ぶのは無理じゃないか。

旅の教訓 フエ観光は日帰りツアーが便利
ただフエの歴史は古く紀元前111年に前漢の日南郡の首府が置かれた。15世紀末まで大越とチャンパ王国の国境に位置する地方都市だった。16世紀に広南阮氏の本拠地になり富春都城が建設された。その後南シナ海貿易の中心地として繁栄したから古い雰囲気が残っているかもしれない。
観光は次の朝早く出発した。ガイドさん付きの大型タクシーで観光地を巡るツアーである。料金は一人906,000VDN(5,400円)くらい。新市街から香水川に架かる橋を渡り旧市街に行く、フエ王宮までは直ぐだった。堀を越えると立派な門が待っている。堂々としたこの門は牛門といい、初代皇帝ザーロン帝が築いた「南関台」を2代皇帝ミンマン帝が改築した。牛は南を意味して「天子南面す」に由来するらしい。聖人君子が南から天下に耳を傾ければ世の中は平和に治まるを願った。今は写真を撮る絶好のスポットである。
王宮内はとても広く中国風の建物が多くある。中央部だけでも、牛門、大和殿、右廡・左廡、紫禁城、閲是堂 、太平樓、四方無事樓 がある。それらを見ながらぞろぞろと歩くがとにかく暑い、ミネラルウォーターが無ければ干上がってしまう。

旅のお勧め 王宮の宮廷雅楽は一見の価値あり
建物はそれなりに古さを感じるが、はてフエはベトナム戦争の影響を受けなかったのか、京都のように戦場から外されたのかと疑問が浮かぶ。ガイドさんが訝しさを察したのか殆どの建物は戦後復興されたものだと教えてくれる。マニラのサンティアゴ要塞の中に日本軍の銃撃の跡が残る建物がある、戦争は街に破壊だけを残す非生産的な行為とつくづく思う。経済復興だけでなく、破壊された王宮を早々に復旧させるベトナムは偉い。
そのなかに閲是堂という、皇帝や皇族たち、外国の大使が宮廷雅楽を楽しんだしたベトナム最古の劇場がある。今は観光客向けに楽器の演奏や獅子舞、民族衣装を着た女性たちの踊りが披露されている。観賞料金は200,000VND、観客が5人以上集まれば開演になる。アオザイの若い娘たちは匂い立つようでおじさんたちを刺激する。
古都を疑い悪口を言っていたが、ハスの咲く庭園や古い石垣は歴史を十分に感じさせるものだった。宮廷雅楽の演奏を聞く頃には、その雰囲気にすっかり満足していた。ただ暑さと疲れは耐え難い、全部を見るのを諦め途中で見学を切り上げ昼食へ向かう。昼食は究極の料理「佛跳牆」ではなく「フエ宮廷料理」である。

旅のお勧め イータオガーデンで宮廷料理を
宮廷料理の名店は多くあるようだが、今日は観光客に人気のレストラン「イータオー・ガーデン」へ行く。いつもながらガイドさんに全てお任せである。店は宮廷の近くにあり1990年代開業の老舗だ。緑豊かな庭園があり所々の池ではカエルが鳴いて郷愁を感じさせる。
通されたのは、黒く光る柱と天井の梁、赤いランタンが吊るされた席だった。良い雰囲気で料理も期待できそうだ。ビールを頼むとHudaという地元の缶ビールが出てきた。瓶は無いのかと周りを見るとみんな缶を飲んでいる。まぁ良いかと飲んだこのビールが美味かった。乾いた喉に染み渡る。やはり東南アジアはビールに限るのである。
ここのメニューはコースで280,000VND(約1,700円)からと安い。屋台は別として安くて美味いはありそうでない、などと考えていたら料理が出てきた。女性たちから「ワーッ、可愛い」と歓声があがる。人参とパイナップルの鳳凰の背中に小さく切った揚げ春巻きが刺してある。ネムコンというらしい。可愛いのだけど鳳凰というよりコオイムシのようだ。味は揚げ物だからそれなりに良かった。
その後、スープやらブンボーフエ、ベトナム風のお好み焼き、せんべいに乗っけて食べるミンチ肉が出てくる。このエビせんべいがたいへんに美味くビールの肴にぴったりだった。最後に亀のチャーハンと薩摩揚げが出てきた。どれもインスタ映えするものばかりで女性は大満足である。
「美味しかったですね」おじさんたちの顔は微妙だった。スパで美人だが気立がイマイチの女性に当たったときの表情である。京都の南禅寺で食べる湯豆腐に似ていてる、美味いかと聞くのは野暮なのである。南禅寺で湯豆腐を食べるのが重要で味は二の次である。フエで宮廷料理を食べるのも同じなのだ。
ふさわしい場所で食べるふさわしい料理がある。宮廷料理は旅先で食べるそれだった。値段は安いし店の雰囲気も良い、花や緑に癒やされる、十分に満足できるレストランであり、訪れる価値は十分にある。ただビールで良い気持ちになっているところに蚊に刺された、かゆいぞ。

旅のお勧め
フエらしい昼食を満喫したあとは、帝陵のいくつかを見学してドラゴンボートに乗ってから食事をした。帝陵は初代ザーロン帝廟の質素さと、12代カイディン帝廟のバロックと融合した派手さが印象に残った。カイディン帝陵の中庭にある石像の顔は迫力がある。
長い一日の観光が終わったがまだ8時前、これはもう一杯飲まないといけない。ウォーキングストリートと呼ばれる一画が繁華街らしくたくさんの人が食事を楽しんでいる。一軒の店に入りビールと軽いつまみを注文する。「ここは風俗の情報が少ないですね」「それらしいお姉さんの姿も無いです」お姉さんどころか通り全体が健全なのである。マッサージ店はあるが怪しい雰囲気がない。
バーは観光客がお酒を飲んでいるだけで、それ風のカップルが見当たらない。これはどうしたことだろう、風俗店が見当たらない。こういうときはタクシーの運転手に聞けば良いが何故か聞きにくい雰囲気がある。無理して聞いて変な所につれて行かれても怖い、意気地が無くなってきた。
ブンブンと聞けそうなマッサージ店もない。そのノリを感じ無い(探せばあるかもしれないが明るいところには無かった)「どうしましょう、無さそうな感じですよ」「タイは普通のマッサージでも個室になれば誘ってきますよね」「ダメもとでマッサージしてもらいますか」「そうだね今日は良く歩いたもんね」マッサージ店を探すと立派な店が出てきた。

旅の教訓 フエでは良い風俗に出会えなかった
「これはどう見ても健全ですね」「だよね」と入った。暫く揉んでもらってから、おばちゃんにダメ元で聞いてみる「スペシャルマッサージは無いの」「スペシャルって何」「だから男の気持ち良いやつ」「私のマッサージは気持ち良くないか」「いやいやとても気持ちいいけど」「ここはそんなところじゃない」機嫌が悪くなってきた。まずかったか。「日本人はそれしか頭にないのか」揉む手に力がはいる。
おばちゃんいわく、フエにもそういう所はあることはあるが少ないそうだ、女性を斡旋するレストランやネットのデリヘルみたいなのはあるらしい。「私はわざわざそんなものを揉まなくてこれで稼げるよ」ぐっと背中を押される。「最近は旦那にだって触っていないのに」またぐっと、気持ちいい。「旦那さん、怒らない」「稼ぎもない奴に贅沢を言わせないよ」南国のおばちゃんは強いのである。暫くの沈黙の後。
「あんたがどうしてもというならやってあげるよ」「えっ」本気か冗談かわからない、この力で揉まれたら・・・驚いていると「嘘だよ、アハハ」と笑う。何故か機嫌が良くなり揉み方が優しくなった。これが気持ちいい。そのまま寝てしまったらしく夢を見た。
王宮の堀の傍にアオザイの娘たちがいる。彼女たちが笑いながら近寄ってくる。いい香りが周囲に漂う。長い腕、程よく膨らんだ胸、細い腰、この柔らかそうな身体を触りたい。彼女たちが誘うように見つめてくる。もう少し手を伸ばせば届く、胡蝶の夢なら覚めないで欲しい。

旅の教訓
「おわったよ」おばちゃんの声で目が覚めた。へんな夢を見ていたせいかあそこが固くなっている。おばちゃんを見ると笑っている。「男はみんなそうだよ、あんた年の割に若いね」「ここは観光に来るところだよ、いい年して遊んでばかりいないで嫁さんを大事にしないとだめだよ」最後に肩を軽く揉んでくれた。「はい」
おばちゃんのテクニックは身体の疲れをとってくれた。これはチップで答えないといけないだろう。チップを渡すと「ありがとう、今度はやってあげるよ」「えっ、何を」「スペシャルだよ」おばちゃんの顔を見つめる。「嘘でしょ」「嘘」おばちゃんが笑う、こちらもなんだかおかしくて笑ってしまった。

おばちゃんの言う通り、この街は風俗の街でなく観光の街なのだろう。グエン朝の帝廟や王宮、由緒あるお寺の近くでは不謹慎と思われているのかもしれない。八百屋で魚を求めるという諺があるが、風俗はハノイやホーチミンに行くのが良さそうである。
コメント