タイ ゴルフ モテる日本人とモテない日本人

タイ

「越えたん」キャディさんにバンカーを越えたか聞いている。関西人はこの疑問形を時々使う。「何をした?」は「何したん」になる。助詞が省略されるのも普通である。「越えたよ」キャディさんがクスクス笑いながら答える。このあとも「越えたん」と聞く度にキャディさんが笑う。これはどうしてなのだろう。

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タイのゴルフ場は美しい

タイのゴルフ場は美しい、東南アジアのコースは雨と温かさのお蔭でいつも青々としている。暑い時期でも風が通るのでけっこう涼しく、日本の過酷な夏のコースより過ごしやすい。予約は現地の社員にお願いしているが、楽天とかネットサイトでも簡単に取れる。送迎付き2万円前後の料金で良いコースが回れる。今日はバンコクから1時間くらいのコースを4人で回っている。わざわざ4人というのは7人でも回れるからだ。

メンバーは現地関連会社の副社長と新任課長、日本からやってきた大川さん(仮名)と私である。大川さんは海外経験が豊富で色んな言葉を喋る。加えて人懐っこいのでどこの国でも人気がある。今もキャディさんと「越えたん」について盛上がっている。「コエタン」はタイで小さな男の子があそこを固くすることらしい。

それで「越えたん」と言う度に笑っていたのだ。この日本人たちはバンカーや池を見てあそこを固くしていたのか、ヘンタイだと思っていたかもしれない。大人が固くするのは何なのと聞いてみたいが何を思われるか知れないので止めておいた、だがコエタンは止まらない。何処へ飛んでも「越えたん」である。

関西人はしつこい、だがキャディさんも面白そうに笑っている。「コエタン、ラッキー、パーが取れたらチップいくよ〜」普通はバーディでチップだがレベルが低いのでパーで出す。「コエタンから(固くなったから)きっと入るよ、チップいいね」なにかいやらしい。

ちなみにキャディフィーは400バーツ、チップ100バーツくらい、その他にバーディ取ったらいくら、気に入ったからいくら、と渡している。キャディさんはゴルフ場から給料を貰ってないので、これで稼がないといけない。キャディさんは何人付けてもOKだ。

モテない日本人

その盛り上がりに入れない男がいる。新任課長の石田くん(仮名)である。噂によるとこの男、現地社員の評判が頗る悪い。タイへの異動は嫌だったが、宮使えの悲しさと課長につられてやってきた。そのストレスで性格が歪んだとの評判である。

コースを回っていても愚痴ばかり「現地社員はレベルが低すぎます」「なんでもかんでも指示をしないとできない」「あいつらは言われた通りにできない」「キャディだってそうだ、ちゃんとラインを読まない」さっきパーパットを外したのである。

キャディさんはちゃんとラインを教えていたようだが、自分の腕を棚にあげるのは「ゴルフあるある」だ。「まぁまぁ、石田くん、今日はせっかく大川くんとかもさんが来てくれたんだから、ゴルフを楽しもうよ」副社長が嗜める。キャディさんは知らん顔をしている。

グリーンに上がると、副社長はバーディチャンス、他の3人はパーが取れそうな位置にボールがある。大川さんは「これOKちゃう」そうそうと言わんばかりにキャディさんが笑う。「大川さんがOKなら僕もOKだね」「かもちゃんの腕では無理でしょう」キャディさんがまた笑う。「メダイ」OKがでそうになったとき声が聞こえた。

優しいキャディさん

石田くんのキャディさんである。みんなが見つめると「プレー、プレー」と笑う。OKの会話に入れない石田くんを気遣ったのだ。大川さんは「あかんか、絶対入るんやけどな、かもちゃんと違って」「僕だってはいりますよ」キャディさんが声を揃える「かもちゃんメダイ」

副社長はバーディ、石田くんがパー、大川さんと私がボギーだった。「かもちゃんやっぱりだめ」「大川さんも頑張ってない」「チップが無くなった」と散々である。石田くんは妙な顔をしてキャディさんを見ている。暫くして「Thank you」と言っていた。クリークから静かに風が流れてくる。流れのなかに鰐が浮いていた。

茶店にやってきた石田くんに「サンキューはコップン・カッって言うんやで」と大川さんがすかさず教える。彼は英語を使ってタイの言葉をあまり覚えようとしないらしい。「あかんはメダイ、良いはダイやで」彼は駐在員なんだから、いくらなんでもそれくらい知ってるでしょう。だが石田くんは神妙に聞いている。「さっきコエタンで盛り上がっていましたね、あれはどんな意味なんですか」

あれはなと大川さんの解説が始まった。「さぁ行こうか」「かもちゃんはキャディさんに飲み物いっぱい買わんとあかんで」「わかってますよ」「僕も買います」石田くんがそう言い出すのを副社長が不思議そうに見ている。

次のホールは300ヤード先のクリーク以外、前にハザードが無かった。2番目に打った石田くんが「クリーク、越えたん」と振り向く。使いたいのは分かるけど300ヤードは越えないだろう。キャディさんが笑う、彼も嬉しそうにする。キャディさんとの会話に加わって笑うようになった。

食堂での出来事

アジアのゴルフ場は基本的にスルーなので昼食は上がってから食べる。シャワーを浴びて風が通る食堂で飲むビールは最高だ。テラスから見えるコースは緑が輝いている、いいなぁこの感じ。だがここで一悶着が起こった。石田くんが料理を運んできた女性に怒りだした。彼女が持って来たのはカイジャオ・ムーサップ、タイの卵焼きである。その焼き方が足りないと怒っている。

確かにアジアの卵は怖い、生焼けはサルモネラ菌の危険がある。それを怒るのはもっともなのだが、言い方がきついので女性はおどおどして反応が鈍い。それが彼の怒りを増幅させる。「だから、こいつらは駄目なんだ」吐き捨てるように言う、それは言い過ぎかも。

卵焼きはほどほどに焼けていてうまそうだ。私が大丈夫と思うくらいだから、彼女は何が悪いのか理解できない。白いブラウスの胸が上下している、巨乳だなぁ。そのとき大川さんが「まぁまぁ、そんなに言わんでも」と言って、彼女にタイ語で話しかける。彼女の顔からこわばりが解け、頷きながらお皿を持って帰った。

再び出てきたカイジャオは焼けすぎくらいに焼けていた。これは焼けているのでなく焦げているんじゃないか。彼女はお皿を置くと大川さんに「コップン・カー」と小さな声で言う。その瞳に感謝の色が浮かんでいた。この表情、大川さんがちょっと羨ましい。

モテる日本人

「いや別に大した事いうてへんよ。もうちょっと火を通してと言うただけや、普通に言うたら良いのは日本もタイも同じやで。女の子には優しいせんとな」と笑う。大川さんの話しが続く。東南アジアの人は人前で怒られるのを嫌う。同僚がジャカルタでプラント建設をしているとき、ある作業員をみんなの面前で怒鳴ってしまい、ピストルを突きつけられたそうだ。

「アジア人やからと見下げた言い方は止めんとあかん」と締めくくった。石田くんはバツが悪そうにビールを飲んでいる。副社長はそれを見ながらなぜかニコニコしている。疲れた体に風が気持ち良い。厨房の前に彼女が立ってこちらを見ている、やっぱり巨乳である。大川さんが手を挙げると嬉しそうにやってくる。この笑顔、男がいちばん欲しいものかもしれない。

もう一杯ビールを飲んだら帰ろう。そして可愛い女性の笑顔を探しに行こう。私の気持ちは夜の街に飛んでいた。

旅の教訓 どこの国でも人の尊厳を忘れない

副社長はいつもの日本料理店で食事をして帰っていった。「もう一軒、寄っていきますか」「そやな、タニヤでもいこか」これもいつもの会話である。「僕も行っていいですか」石田くんが突然言い出した。

という成り行きで石田くんを入れて3人で飲んでいる。彼が女の子をなかなか指名しないので私が選んだ。話しかけても口数が少ないので女の子が困っている。大川さんが歌のために席をたつと、彼がすかさず聞いてくる。「大川さんてどんな人なんですか」これが目的だった。

大川さんは本社のプラントの事業部にいて、アジア各地のプラント建設のために長期出張をよくしていた。初めてあったときは「アガシチュセヨって言ったらあかん」次は「ソイスクンピッドを覚えときや」で、少し前は「洗手间在哪里」で今はポルトガル語だね。言葉を覚えるのは天才的だ。「大学はどこですか」「高校だよ」

酒が入ったせいか説教臭くなってくる。サラリーマンは一人では仕事ができない、それは誰でもわかるけど相手の気持ちに配慮できない、地位によって優劣をつけようとしてしまう。特にアジアに異動した日本人は、親会社からきた自分が現地社員より優れていると思い見下すことがある。

大川さんはそれが無い。仕事では厳しいときもあるけど、それ以外は普通に付き合う。「あいつらは」「こいつらは」と決して言わない。彼らが、日本人の望むようにできないのは、能力だけでなく文化や習慣、考え方の違いがあると理解している。その気持ちは相手に伝わる、この人は自分を見下さない。だからすぐ仲良くなる。

どこの国の誰にもディグニティ、尊厳がある。それを尊重することは海外で仕事をするときに重要になる。彼はそれを無意識にしているから凄い。僕もそれを学んで女性にも敬意を払う。「僕にできるでしょうか」真剣に問いかけてくる。素直じゃないか、もう少し良い話をしてあげよう。

セオドア・ルーズベルト大統領は、ホワイトハウスの使用人の名前を全て覚えていた。使用人たちはそれを誇りに仕事をした。中国の宋の枢密使(軍事長官)の曹彬は「小吏に接するにも、また礼をもってし、いまだかって名を持ってよばず」と尊敬された。

中国は名前で呼ぶのは失礼で、字(あざな)で呼ぶのが礼儀だった。彼は役職の低い部下も必ず字(あざな)で呼んだ。今でいえば「さん付け」だ。名前を呼ぶのは相手の尊厳を認めることだ。「えっ、そんなことより、どうしたら大川さんのようにできるのですか」全然聞いていないのだった。

旅の教訓 誰とでも普通に接する

「普通にすれば良いのじゃないか、例えばここを日本のキャバクラと思えばいいんだ。馴染じめば彼女たちは六本木のおねちゃんよりずっと優しい」「普通にすればいいんですね」「普通にすれば良いんだ、普通で・・・」何かブツブツ言ってると思ったら、ふっきれたように元気になって女の子に話しだした。今日ゴルフ場でコエタンと言って笑われたんだ。それ僕らのネタなんですけど。

女の子も乗ってくる。よく見ると石田くん、東南アジア風のなかなかの男前である。となりのジュンちゃんに聞く「彼イケメン、タイの女の子好きなタイプ」と自分も彼の傍に行きたいそうだ。しまった。つまらない事を教えてしまったか。失敗した。器が小さいのである。

「かもちゃん、相手決まった」歌が終わった大川さん「残念ながら無さそうです」「なんで」「あいつがイケメンで駐在だからモテだしたんです」「なんで、さっきまで暗かったのに」「このジュンちゃんも彼がいいらしいです」「あいつ若いもんな、しかた無いな」 ジュンちゃんがぐっと腕を握ってくる「イケメン好きだけど、お金はもっと好き、ホテルいいでしょ」男は顔ではないのだ。

日本へ帰って2週間ほどたった頃、副社長からメールが届いた。「君たちのせいで石田くんがタニヤにハマって困っている。それと社員とよく話すようになった、それもタイ語で」彼がキャディさんにありがとうと言っている姿を思い出す。クリークから流れてくる風を感じた。

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