世界と本 「残酷過ぎる成功法則」9割が間違う成功の常識

世界と本

世の中には才能がある人がいるものだ。ソウルのスタバでアイスコーヒーを飲みながらしみじみ思う。スタバの共同創業者のハワード・シュルツもそうだ。世界中どこの国でも同じコーヒーが飲める。言葉が通じなくてもメニューを指差すだけでいい。スタバは地元の喫茶やレストランに疲れたとき有り難い存在だ。スタッフの笑顔も嬉しい。

オヤジは、かつてスタバではカフェラテを飲まないといけないと信じていた。ある日ドリップコーヒーを頼むと待ち時間が無いではないか。それを知ってからコーヒー専門になった。ただスタバのコーヒーはあまり美味しくない。他の飲み物は美味しいらしい。若い娘さんがスタッフとキャラメルフラペチーノを注文するやり取りを聞くと外国語より難解で注文するのにビビってしまう。

今も韓国語で、韓国なのだから当たり前だが、肌の綺麗なお嬢さんが難解な飲み物を注文している。ちょっときついその声を聞きながらコーヒーをすする。ハワード・シュルツやスティーブ・ジョブズのように成功した人物と、このしがないオヤジとの差はいったい何なのか。私だってパリパリでは無いが頑張って働いて来たつもりだ。それなのに。

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一般の成功本には証拠(エビデンス)がない

結局、証拠(エビデンス)はないのである。そんな世界に証拠を持ち込んだのが「残酷すぎる成功法則」のエリック・パーカーだった。

                    残酷すぎる成功法則 エリック・パーカー(著) 橘玲(監訳) 竹中てる実(訳

同じように考えた人がいた。エリック・パーカーである。彼は米国で最も有名なブロガーのひとりであり、ハリウッドの映画製作や任天堂ウィーの開発にもかかわった経験があるビジネス界の英才である。彼は、着眼点こそスタバに佇むオヤジと同じだったが、それを解明する才能があった。

彼は、世の中のありとあらゆる成功者を分析したのである。そして「残酷すぎる成功法則」を書いた。本は最初の書下ろしにして全米ベストセラーとなった。「コロンブスの卵のような画期的な自己啓発書だ」監訳者の橘玲が前書きで述べている。その評の通り、本は過去に出版された他の成功するための本と全く異なる体裁で書かれている。


これまでに書かれた成功の本は二つに分類できる。「わたしのようにやれば成功する」と個人的な成功体験を書いたもの、「お釈迦様(イエスでアッラーでもいい)はこう言っている」や「こんなとき織田信長は(豊臣秀吉でも徳川家康でもいい)はこう決断した」と歴史や哲学、宗教界の偉人の言動を根拠にしたものだ。どの本も成功した後に書かれたもので結果論である。

成功はたまたまかもしれず、同じことをして失敗した人がいるかも知れない。どちらも証拠(エビデンス)がない。もし普遍的な成功法があれば全ての人が成功者になっているはずだが現実にそんなことはない。カーネギーの「道は開ける」を読んで成功したと語る人がいたとしても、本の通りにして成功したのか分からない。何を学んだかはその人の心の中にある。カーネギーの本を読めば成功するとは限らないのである。

高校の首席は億万長者になれない

世の中で信じられてきた成功法則のどれが真実で、どれが空論なのだろうか。「いい人は勝てないのか」それとも「最後はいい人が勝つ」のか? あきらめたら勝者になれないのか、それとも頑固さが仇になるのか? 自信こそが勝利を引き寄せるのか? 自信が妄想に過ぎないのはどんなときか? 仕事量がすべてなのか、ワーク・ライフ・バランスを考えたほうがいいのか?

                    残酷すぎる成功法則 エリック・パーカー(著) 橘玲(監訳) 竹中てる実(訳

書店の自己啓発の棚はたくさんの成功本に占領されている。フィル・ナイトのシュードック、スティーブ・ジョブズと禅、ウォーレン・バフェットの法則・・・それを見ると「自分も成功できるかもしれない」と思う。だが彼らと同じ事ができるというのは根拠の無い思い込みである。

「ビル・ゲイツはこうした」とか「渋沢栄一はこう考えた」は、彼らだからできたのであって、実はあなたにはできないと言っているのと同じである。だが作家や出版社はあたかもそこに黄金律があるかのようにほのめかす。エリック・パーカーはそんな思い込みではなく、色んな分野の成功者に共通する客観的なデータを探した。成功者の職業、経歴、生い立ちや性格を広範囲に調べて分析したのである。

過酷な耐久自転車レースの絶対的な覇者、ジェア・ロビックは性格破綻者だった。天才ピアニスト、グレン・グールドは普通の生活ができない。水泳選手マイケル・フィリップは地上生活に向かない体形をしていた。ニュートンは引きこもりのオタクである。「Mrインクレディブル」のヒットでピクサーを救ったのは業界のはみ出し者集団だった。

成功者は際立った才能と性格を持っていた

成功者は大きな長所と共に大きな欠点を持っている。高校の首席は億万長者なれないない。成功者が際立った個性を持っているのに比べ首席は「万事をそつなくこなすが、特定分野に全身全霊で打ち込まない」性格だった。大きな短所はないが大きな長所もなかったのである。

際立った個性の成功者はまだまだ出てくる。メキシコの貧しい少年イノホサは漫画のスーパーヒーローに憧れて米国に密入国し努力してスーパードクターになった。ウォーターズは競泳の米国代表の夢に破れたがシールズの過酷な試験に挑戦して隊員になった。ビル・ゲイツやスティーブジョブスは他人の生活を考えない働き方をした。

登山家シンプソンは、アンデス山中で遭難して絶体絶命の危機に陥るが脱出をゲームのように楽観的に考えて生還した。彼らに共通するのは決して諦めない性格だった。

エルディッシュ係数

エルディッシュはあまりに多くの数学者と仕事をしたので、すべての共同研究者を覚えていないほどだった。あるとき、エルディシュはであった数学者に住まいを効いた。「バンクーバーです」「おお、それなら私の良き友人エリオット・メンデルソンをご存じですか」「私が、あなたの良き友人エリオット・メンデルソンです」

                                                     同著

数学者ポール・エルディッシュは世界の数学者を繋ぐ大きなネットワークを作った。それはエルディッシュ係数と呼ばれ16人のノーベル賞受賞者がそこから誕生した。多くの数学者はそのネットワークに入りたがった、入れたると自慢した。当のエルディッシュは人脈つくりを意識したわけでなく、ただ仲間を助けているつもりだった。彼も奇行の人としで知られていた。

調査は、犯人の信頼を得る人質交渉人、客の心を掴む一流コメディアン、成功するギバー(与える人)とテイカー(与られる人)の成功者や、スパイダーマン、アインシュタイン、チンギス・ハンにまで及んでいる。 

成功の法則はあるのか、残酷な結果

彼がそこから導いたのは「成功は持って生まれた才能と際立った性格の産物である」という身もふたもない結果であり、その才能と性格を持たない人は成功できないという残酷な事実だった。自分は極端な性格だから成功できると喜ぶ人はいるだろうが、自分は才能も際立った性格を持っていないと思う人が殆どだろう。そんな人はたちはこの残酷な結果にどう向き合えばよいか。

ここで重要なヒントがしめされる。成功者にとっての成功は一般人が考える成功とは異なることだ。成功者は「自分がやりたいことをやっている」だけでである。彼らは成功に興味は持たない。成功は地位や財産、名誉でなく、自分の望みが叶うことなのだ。

筆者は言う。「成功に必要なのは自分がどのような人間であるかを知り、どのような人間を目指したいのかを考え、そのバランスを調整することだ。それができれば大金持ちでなくても成功者である」本当の成功は自分の心の中にある。成功を味わいたければ、まず夢中になってやれることを見つけることだ。

成功者の逸話は知らないものが多くそれを知るだけでも面白い。そして読んだ後は、自分は彼らのように何かに打ち込んだかと自問することになる。大抵の人は残念ながら環境に流されてきたと思うだろう。打ち込むかそうでないか、夢中になるかなれないか、その差がスタバでアイスコーヒーを飲むか、スタバを経営するかになる。

夢中になったのは、人に言い難いことだった。

私にも夢中になってやってきたことがある。人前で大っぴらに自慢できるものでもなく評価されることでもない。カサノバやドンファンに近いが小物過ぎた。こんな大人にならないために是非読んで欲しいのが「残酷過ぎる成功法則」である。

紙のストローが柔らかくなってきた。周囲を見回すと楽しそうに話す若いアガシに目がいってしまう。韓国女性の肌の綺麗さはどうだろう。和田(ホータン)の羊脂玉である。ストローは柔らかくなるが別のところが固くなってくる。こんなときは成功したかったと今更ながら思う。

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