フィリピン マニラ行きの飛行機で出会ったおばちゃん

フィリピン

シートベルト着用のサインが消えて、キャビンアテンダントが飲み物の準備を始めると機内がざわめきだす。遠い昔、人類のご先祖様は熟れすぎて発酵した果実に出会い食べて酔っ払った。それ以来アルコールに魅了されている。今日の飛行機にはその遺伝子を残した人が多いに違いない。

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パスポートを忘れるという最悪の悪夢

旅をしていると色んな人に会う。全ての人を受け入れますと宣伝する宗教家のような寛容のオーラを纏っているのか、それともボーッとしているせいかよく話かけられる。自分でいうのも変だが相槌を打つのは上手い。その結果話が長くなる。話好きのカモになってしまう。だが風俗のカモと違って搾取されるのでなく多くを与えられる。

ビアー、ワイン、アップルジュース、可愛い声が聞こえてきて緊張は更に高まる。自分の分がなくなるのではないか。そんなことになる航空会社は倒産するから、鷹揚にかまえていれば良いのだがリスクは残っている。気流が悪くなってサービス中止になるかもしれない。優しくビールを渡してれるまで油断できない。

みんなに飲み物が行き渡ると機内は落ち着きを取り戻した。人はいつも心配をしている、それは悪夢になって現れる。空港に着いたらパスポートがない、飛行機に乗れない、せっかく立てた予定がだいなしだ、どうする、冷や汗びっしょりで目が覚める。パスポートを忘れる夢は最悪だ。国際線の搭乗は緊張ばかりである。パスポート、チケット、手続きに不備はないか。ビールを受け取ってようやく心配から解放される。このビールがしみじみ美味しい。

話しかけてきたおばちゃん

席はそれほど混んでなくて3人がけの真ん中が所々空いている。窓側に女性が一人、真ん中が空席、通路側に私である。ビールを飲み干すと昨夜遅かったせいか睡魔が押し寄せてくる。これはニノイ・アキノの空港までぐっすり眠れそうだ。今日はついてるかもしれない。目蓋が重くなる。

「あなたは何をしている人」窓側の席のおばちゃんが話かけてくる。流暢な日本語だが外国訛りがある。「会社員です」「日本人?」「たぶん」「日本はいいわねぇ、日本人は幸せよ、感謝しなくっちゃ」と一方的に喋りだす。小太りに少し色黒、TシャツにGパン、全体的に丸々としている。典型的なフィリピンの中年女性である。

「私日本に来てから30年くらいになるけど、ほんとうに住んで良かった」速射砲のように言葉が続く。合いの手をいれる間もない。「日本に来ていちばん驚いたのは街が清潔なこと。水道の水は飲めるし料理もお菓子も美味しい。それにみんなが親切。夜独りで歩いても安全、天国へきたかと思ったわ」「仕事で来られたのですか」「そうダンサー。若かったわね、今はこんなになったけど美人だったのよ」

「わかります」「あなたきっともてるわね」そうでもないのですけど。「仕事は辛いこともあったけど楽しいことの方が多かった。酔っ払いはどこの国でも同じ、でも日本人はナイフをださないし全然平気だった。日本人って不思議、自分たちが客なのに私達を楽しませようとするの」「それはわかります」「なんで客なのに、あはは」本当になんでだろう。

一時期フィリピンから日本に出稼ぎに来る女性たちはジャパユキさんと呼ばれ、人身売買と批判された。だが悲惨なことばかりではなかったようだ。「テレビなんかで私達が可哀そうと言われたけれど、人によって違うのよ。フィリピンの暮らしに比べたらずいぶんマシになった娘もいたのよ」

出稼ぎにきたフィリピン女性

「それからずっと住んでいるのですか」「そう、旦那が見つかったの。私のどこがよかったのか店に通い詰められて、熱心さに負けたのね。あなたほどイケメンじゃないけど優しい人。日本の男は優しくて働き者、フィリピンの女はみんなそれに驚く。子供ができてあっという間に孫までできたわ」「お幸せなんですね」「もうとっても」それはそれはです。

「久しぶりにマニラに帰るの。ママの顔を見にね。一人で帰るのはほんと久しぶり」「年を取ったらフィリピンに帰ろうとは思わないのですか」「全然、日本のほうが居心地がいいもの。岡山に住んでるんだけど近所の人たちはみんなお友達、町内会の行事にも参加するし、お家へ遊びに行ったり来てもらったり楽しいのよ」「フィリピンはあまり好きではない?」

「いいや大好きよ。フィリピンは貧乏だけど明るい貧乏なの。日本は豊かだけどちょっと陰気かもしれない、みんないつも文句を言ってるし」明るい貧乏という言葉、何処かで聞いたような、でもなんとなくわかる。「食べ物も豊富だし、レチョンを食べたことある、バロットはないわね、あはは」大きな声で笑う。フライト中はぐっすり眠るつもりだったが諦めないといけないようだ。

「Please, bring this handsome guy a beer. A cold one」通りかかったキャビンアテンダントに大きな声で突然頼むからびっくりする。「英語がお上手なんですね」「フィリピン人はみんな喋るよ、日本人はだめね。なんだったけ、そうフィリピンは良いところよ。みんな助け合うから、シャツとパンツがあれば一年中暮らせる。女は惚れっぽいし男の天国ね」

夜の独り歩きができる国

「政治はしょっちゅう揉めてるけれど、みんな気にしていない。犯罪が多いのは困るけどね。ドゥテルテ大統領みたいな大統領がまたでてこないかしら、マルコスやら金持ちは駄目ね。日本ではお金持ちのバカ息子をボンボンというらしいわね。ボンボン・マルコス、あはは」「それでも日本のほうがいいのですか」

「そう日本に済んだらもうフィリピンには住めないわ、犯罪がない、清潔、食べ物が美味しい。人はとっつきにくいけれど友達になったらとても親切。女は安全で清潔なところが好きなの、日本はそれが全部ある。私はもう日本人だと思っているのよ」訛りがあるけど立派な日本のおばちゃんだ。彼女の日本礼賛はそれからも続いた。

褒めすぎではないかと思うのだが、彼女は本当にそう思っているようだった。最近、外国人のマナーの悪さが話題になるが、昔から住んでるフィリピン人や中華街の中国人のそんな噂はあまり聞かない。フィリピンパブのママさんたちは日本社会の一部である。その違いはなんだろう。

海外から、といってもアジアが殆どだが、帰ってくる日本人の顔の多様さに驚く(私だけかもしれないが)電車の席に並んでいる顔は見事にバラバラで統一性がない。大陸風や東南アジア風、日本固有と本当に多くの顔ある。私たちは色んな地域からやってきた人の子孫なのだろう。南からも海流に乗って多くの人がやってきた。その遠い記憶がフィリピンの人との親和性を生み出すのかもしれない。

次は治安である。安全と言われる台湾やマレーシアでも街を歩いているときは少し気が張っている。夜道の一人歩きはやはり怖い。それが一挙に緩んでしまう。

女がすきなのは安全と清潔よ

「女は安全と清潔が好きなのよ」ジェンダーギャップが大きいとか女性の社会進出が遅れていると言われるが、日本はけっこう良い社会なのではないだろうか。当たり前の日常だから気づかないけれど、外国から来た人たちは良くわかっている。

入国審査場に行くと、奥さんがフィリピン人、夫が日本人、子供を2人の家族連れが何組もいた。奥さんが主導権をもって夫が優しく従っている。あのおばちゃんもこのような家族で帰っていたんだ。おばちゃんの別れ際の言葉が響く「フィリピン女はいいわよ、どうせ遊びに行くのだからいい子見つけて帰りなさい」結婚してなかったらそれも良いかな。今回も色々教えられた。

明るい貧乏と陰気な豊かさ

空港を出ると車の音と熱気がむっと押し寄せる。降り注ぐ太陽の光は日本に無い活力がある。「フィリピンは貧乏だけど明るい貧乏なのよ」をどこで聞いたか思い出した。孤独のグルメのペルー料理店である。

日本人の父とペルー人の母の間に生まれた女性が息子と店を経営している。日本人の父は研究者としてペルーに赴きそこに居着いてしまった。その娘が日本に帰ってペルー料理を開いた。「ペルーは貧乏だけど明るい貧乏なのよ」彼女は料理を食べ終わった井之頭五郎に言う。女性はどこへ行っても逞しい。

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