彼女に会ったときの予感通り、豊かなお尻が揺れている、これは良いなぁ、と思ったとき下半身に違和感を感じる。気持ちが良いような、そうでないような、ハッと気づいて引き抜くとやっぱりだった。F-22に撃墜された気球のようにコンドームの残骸がぶら下がってる。これはどうしよう。

夢はいつもかへつて行つた、山の麓のさびしい村に。彼女は帰っていった、街の賑やかな通りに。彼女が去ったベッドは寂しい。天井を眺めているとノーノズドクラブを思いだす。この奇妙な名前のクラブは18世紀のイギリスにあった。「ありがたいことに俺たちに鼻は無いが口はある。今のところご馳走に一番役にたつ機関は残っている」会員のモットーである。入会資格はそのとおり鼻が欠けていることだった。人は鼻を失くしてもユーモアは無くさない。
梅毒は20年で世界に広がった
会員たちの鼻は何処へいったのだろう。それは事故や刑罰で失ったわけではない。整形手術の失敗でもない。コロンブス交換によって欧州へ渡ってきた小さなスピロヘータのせいである。コロンブスの艦隊の船員たちは、新大陸から帰るとフランス軍の傭兵になり1494年のイタリア戦争に従軍した。
フランス軍がナポリに進駐すると今までなかった病気が流行しだした。フランス軍の兵隊に原因がありそうなのでフランス病と呼ばれた。その病気は欧州へ持ち込まれるやいなや、わずか20年で地球を一周する。なんという速さ、男は我慢ができない生き物であることを証明している。日本の歴史には1512年に登場する。病気は梅干しのような発疹ができることから梅毒と呼ばれた。
梅毒を友にした有名人は多い。ニーチェやベートーヴェン、ナポレオン、シューベルト、リンカーンさえも罹っていた。聖職者にもその痕跡が現れた。ニーチェの難解な哲学は梅毒の賜物と言われる。日本では、加藤清正、結城秀康、前田利長、浅野幸長が罹っていた。徳川家康は医学の知識を持っていたので遊女との遊びを避けた。さすが家康である。
江戸時代、夜鷹は鼻欠けが多った。「鷹の名にお花お千代はきついこと」川柳が残っている。“お花お千代”は“お鼻落ちよ”ということだ。ノーノーズドクラブほどではないが日本人のユーモアもまんざらではない。

今、梅毒が増えている
梅毒はスピロヘータの一種である梅毒トレポネーマによって発症する性感染症である。第一期に小さな腫瘍ができ、第二期にバラ疹、第三期にゴム腫が発生してこの辺りで鼻が落ちる。第四期は脳や脊髄、神経が侵され死んでしまう。現在は抗生物質のペニシリンで治癒する。免疫はできないので心がけが悪いと何度も罹る。怖い病気だ。
1940年代以降、ペニシリンとコンドームの普及によって感染数が減少していた。しかし2000年代になるとまた増加している。原因はコンドームの不使用らしい。日本でも2011年頃から増加傾向にあり、2010年に約600件だった報告数が2022年には1万件を超えいる。交流サイトやマッチングアプリを使った不特定多数との性行為が増加している。それと生が原因である。コンドームは大切なのだ。

オープンエアーのダイニングに海風が吹く
昼はマニラ大聖堂を観光して、フィリピンの教会はどこも立派である、その後にハーバービューレストランにいき夕食をとった。ここは1985年創業、シーフードを主としたフィリピン料理の老舗である。マニラ湾に突き出した桟橋の上にあり、湾が一望できてたいへん気持ち良い。オープンエアのダイニングは潮風が通り湿気を吹き払ってくれる。
料理はとびきりではないが十分に美味しい。刺し身や鉄火巻などの日本食もあるが、観光客がわざわざ食べるものでもないだろう。ここではシュリンプやカニ、エビなどの海鮮を食べたい。エビは唐揚げと蒸した(?)ものの両方を頼んでみた。酒の肴には唐揚げが良いよかった。カニはどこで食べても美味い。料理というより素材自体が美味しいせいだ。魚のメニューは食べ慣れている日本人には微妙な味だった。驚くのは締めのチャーハンである。びっくりするほど量が多い。

旅の教訓 ハーバービューレストランは行く価値あり
屋根だけの建屋は暖かい季節ばかりの南国らしい。目の前に広がる海は日本の海とまた違う。そんな海を眺めならカニやエビを食べる。ビールを飲みつつにたわいない話も楽しい。そのうち夕日が落ちてマニラの夜景が輝す。異国情緒とはこのようなものだろう。しみじみと伝わってくる。
悩みは遠く日本に置いてきた。今は暮れていく海と料理を愉しめば良い。海が少し綺麗でなくても、テーブルや手摺りがちょっと汚れていても、大きな日本語が聞こえたりしても悪くない。楽しんでいるうちに酔いがまわってくる。そうなると夜景に興味はなくる。今夜は最高の夜になりそうな予感がする。さぁタクシーを拾おう。そこまでは良かった。

旅の教訓 コンドームは破れることがある
ゴーゴーバーへ行って彼女とホテルへ帰ってきた。張り切った肌がシャワーの水を弾く。繰り返すが、そこまでは良かったのである。豊かなお尻を見ながら絶頂感が迫ったときにあそこに違和感を感じた。慌てて引き抜くと、やっぱり、Fー22に撃墜された気球のようにコンドームの残骸がぶら下がっていた。
彼女が怪訝そうに振り返る。(ここからは、流暢な英語とタガログ語と片言の英語と日本語の会話なので意訳である)「どうしたの」「ゴムが破けた」彼女の表情がみるみる厳しくなる。「それダメ」「大丈夫、まだ漏れてないから」しどろもどろで弁解する。ベッドの上に緊張感が漂う。彼女は私の目を真っ直ぐにみて「新しいのをつけて」
「あ・た・ら・し・い・の」滝川クリステル風だったのは妄想だろう。フィリピンはカトリックの国だから中絶はできない。彼女が真剣になるのも無理はない。妊娠だけでなく病気の危険性もある。どちも一個のコンドームでほぼ防げる。なんともありがたいものだがそれがない。

旅の教訓 備えなければ憂いあり
予備を持っていなかったのである。いつもはけっこうな数を持っているのだが、今回は入れているポーチを家に忘れてきた。空港で気付いたがバッグに1個残っていたので買わなかった。私の持ち物は火縄銃であり連発できない、一個で十分だと考えたのである。
その一個が無くなってしまった。よりによって破れるとは・・・ベッドの上に横座りする彼女の下半身が色っぽい。やる気が出てくる、どうしよう。「ごめん、さっきのが最後」「私もってないよ」見つめてくる。ベッドの上に沈黙が訪れる。通り過ぎたのは天使ではない。
言葉は深い沈黙に生じた亀裂である、私は絞りだすように言った「手でしてくれない」私の顔をじっと見てくる。再び沈黙が流れる。「バカ」暫くして言った。「あなた、スケベ」と笑い出す。そりゃそうでしょ、スケベだから一緒にいるんでしょ。と思いつつもホッとした。怒っていない。
「いい考えがあるよ。したかったらまた明日きて」それは確かにいい考えだ。その後手でしてくれたかは想像にお任せするが、チップの100ペソ受け取ると「ピル飲んでるから大丈夫」と帰っていった。

今夜はかれこれ4000ペソを使っただろうか。ハーバービューレストランはチャーハンで完結した。しかし夜は一個のコンドームが無くて完結しなかった。破けたのは人生で2回目だった。備えあれば憂い無し、準備も予防も大切なのだ。逃した魚は大きいかもしれない。
旅の教訓 男は懲りない
心配の一つはピルで消えた。でも病気の心配は残った。「ノーノーズドクラブ」が頭に浮かぶ。だが直ぐに気持ちは変わった。明日もう一度逃した魚を釣りに行こう、男は懲りない。


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