これは、困ったことになったかもしれない。先程まで一人寝は寂しくないですかと言っていた女性たちはいなくなり周りに黒い服を着た男が5人立っている。男たちの顔は怖い、全身から暴力的なオーラを発散している。どうしよう。

旅の教訓 外国で知らない店にはいるときは慎重に
今まで嬌声に満ちていた席は静まりかえり、テーブルに飲みかけのビールと果物が淋しく並んでいる。男たちはどう見ても普通の人ではない。韓国の男性は徴兵に行くので強いのを思い出した。そのうえ暴力のプロときたらどうなってしまうのだろう。見下ろす彼らの顔の怖いこと、細い眉、無表情な目、いかつい顎、ガッチリした体、これはまずいですよ。
ここはソウルのクラブ風の店である。取引先との会食ですっかり出来上がった私と同僚は、もう少し飲もうと知らない店に入った。ドアを開けると階段があり地下が店になっている、普段だったら絶対に入いらない場所だ。
階段は降りると広いフロアになっていて、ボックス席が10数席ほどある。席に腰をおろすと女性たちがさっそく集まってきた。そういう女性たちの店だったのである。日本人もよく来るらしい。お酒が入っているうえに綺麗な女性に囲まれるともう歯止めが聞かない。「ドリンクいいですか」「果物いかがですか」に「いいよ」の連発だった。そのとき、まだ料金を確認していないことに気づいていなかった。
彼女たちにとって酔っ払いの日本人は良い鴨だ。白い手が重ねられいつしか太腿に置かれる。韓国女性の肌はぬめりを帯びたように木目が細かい。やがて胸もさり気なく押し付けられる。「一人寝は寂しくないですか」「そりゃ寂しいよ」「だったら・・・」これはと同僚を見ると同じ顔をしている。男はなぜか同じ顔になるのである。

旅の教訓 初めての店に入るときは、必ず料金を確認しよう
そうと決まったら早く帰ろうと会計をする。出てきた請求書を見るとなんと80万ウォンである。80万、そのとき初めて飲み代の確認をしていないのに気がついた。酔った頭からは為替レートが抜けている。80万円の感じがして「高いじゃないか」と思わず文句を言ってしまった。
酔いのせいで声が大きくなっている。その一瞬で女性たちがいなくなり怖い顔の男たちが現れたのである。これは危ないと同僚をホテルへ帰し(何故か彼らはすんなりと通した)一人残った。 男たちの一人が何かを言ってくるが韓国語なのでわからない。
日本語で返事をするが相手はわからないようだ。見下ろす男たちの目が厳しくなってきた。これはほんとに危ないかも、と汗がでてくる。太腿にやさしくおかれた柔らい手の感触も吹っ飛んだ。男たちの睨む目は物理的な圧力、ハンドパワーならぬアイパワーを持っている、これはほんとに怖いぞ、益々汗が出てくる。
恐怖が頂点に達したとき、グレーの背広を着た一人の男が何かを叫びながら階段を駆け下りてきた。怖いやつがまた追加されたのかと絶望的になる。その男は取り囲む男たちと猛烈な口論を始めた。激しい口論をする光景を呆然と見ていると話は唐突に終わり、囲んでいた男たちも駆け下りてきた男も去り静寂だけが残った、なんだったんだだろう。
一体なんだったのだろうと繰り返し思う。ひとり泡の消えたビールを飲んでいると普通の店員がやってきて新しい請求書を差し出す。それには24万ウォンと書かれていた。今度はおとなしく支払って階段を登るが、なぜ安くなったのだろう、あの男は何者だったのだろう。さっぱりわからない。狐につつまれたような気分である。
店を出ると恐怖が込み上がり助かった実感が湧いてくる。あの男たちの怖さは半端ではなかった。冷汗びっしょりの身体に生暖かい夜風が吹き付ける、気持ちが良い。
エックスサーバー

旅の教訓 外国で幸運は一度限りと考えよう
「社長さん」女性の声が聞こえる。びっくりして振り返ると女性が立っている。怖い目にあったばかりなので無言でいると「忘れたの」と言う。「さっき、一緒に帰ろうと言ったでしょ」とやさしく睨んでくる。さっき横に座った女性だった。無視して帰ろうとすると腕をからめてくる。
また怖いめに遭うかもしれない。また汗が出てくる。街灯の明かりに白い肌が浮き上がる。「あなたは危なかったのよ、運が良かった」あの男は誰だったのだろう。「あの人は誰だったの」彼女は益々強く腕を絡めてくる。「お部屋に行ったら教えてあげる」 う〜んこれは・・・・「いくら」陥落したのである。
ホテルへ帰ると同僚が心配して待っていた。経緯を話すと腑に落ちない顔になる。それはそうだろう。なにがなんだかわからない。「寂しくない、友達呼べるよ」と彼女が彼に話しかける。同僚が陥落するのに時間はかからなかった。
隣にすべてを惜しげなく晒した彼女がいる、お互いうっすらと汗をかいているが、もちろん冷汗ではなくて快感の余韻だ。彼女は寝返りをうち、うつ伏せになった。背中に手を回すとくすぐったそうにする。彼女は話し始める。「あの人は刑事だったのよ」「はぁ」である。
彼女によると、私は脅されて更にお金を取られるはずだった。そこに偶然刑事がやってきた(地下の店ですよ)刑事は脅されている私を見て、ボッタクリを止めて帰してやれと用心棒たちに言ったそうな。口論は金額についてらしかった。刑事が偶然来るなんて「そんな都合の良いことはあらへんやろう」と言いかけたが止めておいた。

酔った勢いで知らない店に行き値段も聞かずに入った自分がいけない。更に料金を確認しなかったのもいけない。日本だって危ない街では同じような目にあう。外国ではなおさらである。バッドプレース・バットタイムを忘れてはいけなかった。今日はついていたがこのような幸運は何度もないはずである。
「そう、僕はついてたんだ」と言いながら、彼女のお尻に手を伸ばす。吸い付くような肌に触れると幸運をしみじみと感じた。
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