5人を乗せた小さな船は薄い靄が流れる花の間をゆっくりと進んでいく。睡蓮の赤い花は湖面の遠く彼方まで限りなく咲いている。花の匂いはまだ固い桃の実のようで湖水の匂いと混じり合って熱帯の朝を強く感じさせる。花が船を隠したところは水面に人が浮かんでいるようだ。時折響く嬌声が無ければ、湖畔をお釈迦様が歩かれていても不思議ではない。遠くに蜃気楼のように仏塔が見えている。

天国に一番近い湖 タレー・ブア・デーン
「スワイ」とため息をもらしたのは友人の26歳年下の妻である。友人はコロナが始まる前に国際結婚をした。齢60歳にしての決断である。彼女の為に車を買いウドンターニーから30数キロ離れた彼女の故郷に家を建てた。
人生で貯めた全財産をかけた結婚である。妻はバンコクのタニヤで働いていた。お客だった彼はタイを何度も訪れた。彼女は彼の援助で風俗をやめて村に帰り、共に初めての結婚式を挙げたのである。

あるとき「彼女に車を買ってやったんだ」と飲んだ席で言った。口の悪い友人たちは「騙されてますよ、きっと」「もうその車は売られて、別の物に変わってますよ」と囃した。「そうかもしれないね」と笑っていた。
それから3年、私たちはウドンターニーにやって来た。彼に会うためである。彼は妻と一緒に空港まで迎えに来てくれた。車は少々くたびれていたが彼が贈ったものだった。売られていなかったのである。今その二人が船の前に並んで座っている。彼は彼女が歓声をあげる度に優しく微笑み、片言のタイ語で何かを喋っている。
睡蓮は泥が濃いほど大きな花が咲くという、彼女も泥のなかで綺麗な花を咲かせた。私たちは幸せそうな姿に冷やかす言葉を失った。

ウドンターニーにやってきた
今回はその友人を訪ねてのタイの旅である。彼はイサーン地方のウドンターニーの近くの村に住んでいる。彼と久々に会ってウドンターニーの街で飲もうという算段である。イサーン料理や民族音楽ポーンラーンの演奏を楽しむ真面目な旅の予定だ。
バンコクのスワンナプーム国際空港で集合し、ウドンターニー まで飛行機で1時間10分、料金は6000円くらいだった。アテンダントがかわいいベドジェットを利用する。飛行機を待ちながら「鈴木さん(仮名)はお元気でしょうかね」「可愛い奥さんをもらって疲れているんじゃないですか」「そうかも」と少し下品になってくる。

「ウドンターニーって昔はけっこう派手だったらしいですよ」「今はどうなの」「置屋の取締りが厳しくなって廃れたそうです」と友人の話はどこかへ行ってしまっている。「厳しくなったのはラオスからの不法入国者が増えたかららしいです」
厳しい取り締まりの結果、置屋は廃れてデリヘルが主流になっているそうだ。「不法入国者って女性かな」当たり前である、男は置屋で働いても需要は少ないだろう。ラオス人の女性か・・・と会話が途切れてしまった。
ラオス人とはラーオ族と少数民族を含めたラオス国に住む人たちの総称であるが、タイの近くにも低地ラーオ族というラーオ語やタイ語を話すタイ族と言われる人が住んでいる(ややこしい)国境はあってもほぼ同じ民族らしい。国の名前が変わると異国情緒を感じて劣情が生じる。多様性を求めるのは男の本能である。

ウドンターニーのバービア街 サンパンタミット通り
空港に着き入国審査を終えてロビーにでると懐かしい顔が待っていた。彼のそばに可愛い女性が立っている。彼女は笑顔で「こんにちは、はじめまして」日本語で挨拶をしてくれる。「はじめまして・・・」こんなに若くて可愛い娘を妻にするとは犯罪じゃないか。
彼は妻と一緒にウドンターニーに泊まっていて、私達のために「アット・ホーム・アット・ウドン」というホテルを予約してくれていた。彼女の運転する車でホテルへ向かう。彼は私を見て良いホテルだと意味深に笑う、その理由は後でわかる。

彼は今夜はイサーン料理を食べよう、6時に迎えにくると言って去っていった。ホテルはこじんまりしていたが居心地は良さそうだ。ここは街の中心であり、バービアが並ぶサンパンタミット通りに面している。約束の時間まで少しあるので周りを散歩する。
通りを北に歩くとペガサスバーなどの飲み屋や小さなホテルが並んでいる。暫く歩くと Day and Nightと書かれた市場のような建物がある。ここがバービアのメッカらしいが、開店前なのか通りに人は少なく日本の地方都市を思わせる。それは当たり前でここはタイの地方都市なのだ。
バンコクやパタヤのような賑やかさはない。なんとなく乗り切れない気持になりホテルで友人を待つことにした。ホテルの前にトゥクトゥクが停まっている。運転手のおっちゃんが「日本人か、レディーいるか」と話しかけてくる。遊びなら俺に任せろの感じだ。

イサーン料理を楽しもう
タクシーの運転手が客引をするのは世界共通だ。トゥクトゥクもタクシーの一種だからおっちゃんが誘うのは納得できるが、客引きについていって良いことがないのも世界共通である。そんなことを考えているうちに迎えがきた。
ホテルからタクシーに乗り、路地を走ってついたのはクルアクンニットというイサーン料理店だった。広々としたフロアに客席があり開放的で清潔な感じがする。彼の妻がニコニコと笑いながら料理を注文してくれる。発酵ソーセージであるイサーンソーセージはビールの肴によい、タイ風焼き飯のカオバット、辛い辛いソムタム、名前はわからないが川エビの蒸したもの、白身魚の揚げ物が美味しい。

妻はいたずらっぽい目でよく笑う。みんながソムタムを食べてその辛さに思わずむせたときは大笑いをした。いつもなら夜遊びの相談をする時間なのだが、流石に今夜はそれができない。だけどなんだか楽しい。結婚って良いものだ。
健全な話題を探して「ウドンターニーに紅い睡蓮の花でいっぱいになる湖があるそうだね」と言うと、彼も彼女もキョトンとしてる。知らないらしい。スマホを取り出して写真を見せると「ホントだぁ」「きれい」だと感心している。
そのうち妻が「行ってみたい」と言い出す、彼は「そうだね、明日行こう」「うれしい、社長」ではないが即決である。私たちの気持ちは関係なくなっている、これだから新婚は、でもないか。

旅の教訓 ウドンターニーはトゥクトゥクの運転手に聞け
ホテルへ帰るとトゥクトゥクのおっちゃんがまた声をかけてくる。「結婚」という文字が浮かんだがすぐに消えた。話しを聞くと女の子を連れてくるので選べという。このホテルはジョイナーフィーが無ければIDチェックも無いそうだ。「ラオス人女性」という言葉が頭に浮かぶともう止まらない。
後から聞いたのだが、ウドンターニーの風俗はトゥクトゥクの運転手にお願いするのが一般的だそうだ。ホテルへ女の子を乗せてきたり一時利用の部屋へ連れていってくれる。相場はショートで1200バーツ、おっちゃんへのチップが200バーツくらいだ。
ノックの音がしてドアを開けると若い娘が二人立っている。選ぶのが苦手なのでもう二人ともいっちゃえで「Two OK?」と言うとクスクスと笑う。招き入れたがこれは大失敗だった。まず言葉が通じない、そのうえ二人に気を使わないといけないので集中できない、彼女たちも一人が相手をしているとき、もう一人は何をしたら良いか分からないようだ。

旅の教訓 二人は気が散ってダメなのである
AVのみたいにできないうちに疲れてしまった。それなりに気立ての良い娘たちだったが、私の実力が足りなかった。終わると沈黙が流れる、それを破るように「ラオスの人」と聞くと二人はお互いの顔を見て黙ってしまう。どうやらそうらしいがなんとなく気まずくなってしまった。
裸のままベッドの下に敷いていたお札を取り出して料金を払い、タクシー代といって100バーツづつを渡すとやっと笑顔になりった。「コップンカー」と両方から抱きしめてくれる。二人に挟まれるのはいい感じだ。
見直すと二人とも小柄であるが出るところは出て締まるところは締まる良い身体をしている。どちらを選んでも良かったと後悔が湧いてきた。彼女たちを送り出して、やっぱり普通にしないといけないと悔やんでいたら寝てしまった。
友人と妻はまだ暗いうちに迎えに来た。50キロメートル離れた睡蓮の湖タレ・プア・デーンに向かうのだ。妻は「おはようございまーす」と明るくいってくれるがみんなの顔は冴えない。友人が小さな声で「昨夜はあんまり良くなかったみたいだね」と笑いながら囁く。

沈んだ気持ちで出発した。熱帯の空気が重い。街を抜けてイサーンの農村風景が広がってきても、一人にしておけば良かったと後悔は続いた。車は妻の明るい声を車内に響かせながら快調に走っていく。このときはまだ誰も、自然が昨日の失敗を慰めるように、あの奇跡の風景を用意していることを知らない。
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