フィリピン イントラムロス幻想 サン・アグスチン教会

フィリピン

ここは危険な街だ。夜の繁華街の日本人は手足がついた財布のようなもので、あっという間にホールドアップをされて身ぐるみを剝がされる。一人歩きなんか滅相もない。長い間そんなイメージを持っていた。ところが数年前に友人に誘われて恐る恐るやってきたマニラは剣呑な街どころかパラダイスだった。ごめんなさいです。

ニノイ・アキノ国際空港からタクシーでホテルへと向かう途中、大きな建物の入口にショットガンを持って立つ警備員が見える。銃に入っているのは実弾だろうか。やはり街は危険か。ホテルの警備も厳しかった。これは街も危険がいっぱいにちがいない、と身構えて外出したが拍子抜けだった。全ては杞憂だった。天は落ちてこなかった。

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旅の教訓 キャバクラで天使たちに会おう

ちなみに杞憂は中国の故事からきた言葉である。昔々中国に杞という男がいた。男はいつも空が落ちてくるのではないかと心配していた。もちろん空は落ちてこない。それから起こりもしない事を心配することを杞憂というようになった。

もてない男が今日のキャバクラでモテすぎたらどうしよう、アフターの後にホテルへなんてなったらと心配するのも杞憂に近い。しかしマニラでは違うのである。日本でモテない男もモテるのだ。それもとびきり可愛い天使たちが、1セット(90分)あたり500〜1,500ペソ(約1,300〜4,000円)で、横に座ってくれて歌も付き合ってくれるのだ。

女の子のドリンクなどで2,000〜4,000ペソ(約5,200〜10,500円)くらいになることもあるが楽しいのである。KTVの後は本人の実力次第にある。ダメならゴーゴーバーに行けば良い。エルミタのベイカフェも楽しめる。そのためか街はお独りさま風情の日本人男性がいっぱいだった。裏道や危ない所に近づかない、バッドタイム、バットプレースのルールを守れば天国である。ただ歩く財布は当たっていてホールドアップは無くても空になる。

旅のお勧め 朝のマニラ湾の散歩は気持ち良い

さて次の朝、ダイアモンドホテルはマニラ湾に面している。窓から早朝の海を眺めていると、大きな道路の向こうに遊歩道がある。多くの人がのんびり歩いている。あそこは気持ち良さそうだ。歩道は大きな道路の反対側にあった。信号はあるがこいつが手強い、なかなか青信号にならないのだ。命がけで信号を無視して渡る。

歩道は地元の人がのんびり散歩している。その片側は背の高い椰子の木が並び、反対側にマニラ湾が広がっている。空気は湿気をおびているが、朝が早いので暑くなくて気持ちが良い。観光客相手でない地元の人向けの売店がある。湾に数艘の船が浮かんでいる。潮風を浴びながら何も考えず景色を眺める。時間だけが過ぎて行く。観光地も良いけれど地元の人の生活の場所も良いものだ。これは贅沢なひと時である。いつまでも居たい気持ちになるが、観光にいかないといけない。

旅の教訓 サン・アグスチン教会は感動する

行先は観光地として名高いイントラムロスである。その中にあるサン・アグスチン教会はマニラのカップルの憧れだそううだ。彼らが結婚式をあげたい教会ナンバー1である。教会は石造りのバロック建築で堂々とした大きさと古さに驚かされる。教会は世界遺産でもある。

今の教会は二度の火事を経て1607年に石造りに再建された。17世紀の人たちは、そびえ立つ教会をどんな思いで見ていたのだろうか。1610年に日本のキリシタン大名高山右近が日本を追放されてマニラに来ている。国を失くして長い航海の果に港にたどり着いた。彼らは教会をみたとき何を思ったのだろうか。

教会のなかは、高い天井の聖堂とステンドグラスが印象的である。教壇が見える二階のテラスに行くことができる。おりしも洗礼式が行われていた。おごそかな雰囲気は300年前と同じなのだろう。さきに墓石を並べた部屋がある。聖職者の墓と、(間違っているかもしれないが)日本軍によって殺害された人の墓石もあるそうだ。戦争の傷跡は今も残っている。

教会に付属して博物館がある。入館料は200ペソ(日本円で50円くらい)で、京都の清水寺の拝観料が400円くらう取られるのと比べると随分安い。過去の書籍や聖職者の衣装、最後の晩餐の絵画と12個のパンが展示されている。どれも歴史を感じさせる。

一番印象に残ったのはセント・ニーニョの絵だった。ちょっと異様さ感じさせる。セント・ニーニョは幼きキリストの姿である。マゼランが世界一周をしてセブに到着したとき、島の王妃にその像を贈って依頼ずっと信仰されている。セブ島では大きなお祭りもある。セント・ニーニョの信仰はフィリピン人のアイデンティティーの一部を形成しているようだ。

サン・アグスチン教会の回廊で妄想する

長い回廊の壁に多くの絵画が飾られている。さきほどまでいた観光客が去り回廊は静まりかえっている。静かな回廊に一人いると奇妙な感覚に襲われる。ここは三世紀以上まえの人達が行き来きした所である。そこに立つ私の前を、布教のために海を越えた修道士、教会を建てたマニラの人たち、日本やスペイン、インドの商人や役人たち、祈りのために訪れたキリスト教徒の人達が通り過ぎていく。

高山右近と家臣たちもここへ来たはずである。その中には若い娘や少女もいただろう。十字架に祈る美しい横顔、心に浮かぶのは信仰の地を得た喜びか、それとも望郷の思いか。ここは過去の人が生きる場所である。

初代の木造教会は中国人が率いる倭寇に襲われ炎上した。石造りの教会を建築する人々、スペインの植民地政策に苦しむ人々、アメリカの統治、そして太平洋戦争・・・脳裏を歴史を巡る。過去の人々が、回廊を幻のように通り過ぎていく。積み重なった歴史とは恐るべきものだ。ここは信仰の場である。キリスト教徒でなくてもそれがあり続けているとわかる。来て良かったが信仰と歴史の重さに少々凹むのである。

私に今いるのはこの世である。あの世を任されるのは未だ若い。照りつける太陽と甲高い女性の声がそれを思わせる。酒も女もここにある。

外にでると南国の太陽が容赦なく照りつけてくる。通りからフィリピンのおばさんの陽気な声が聞こえる。なぜか街の騒音が気持ち良い。酒も飲めなきゃ女も抱けぬ,そんなど阿呆は死になされ。この世は呑兵衛が引き受けた、あの世はあんたにまかせたぜ。そんな歌が唐突に頭に浮かぶ。

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