「もういいの」チップに満足したのか彼女が優しく囁く。「今日はちょっと疲れたかな」彼女は手を伸ばして「ウソ、ついてる」・・・

スクンピッドは微笑みと癒しと昭和が残る街
プミポン元国王がご健在の頃、タクシン元首相が登場する前まで毎年同じ時期にタイに行っていた。雨季が終わって乾季に入る12月の初旬、バンコクに駐在している先輩を訪ねる。その年の疲れを洗い流すのが名目である。タイはそんな私たちをいつも優しく迎えてくれた。
癒やしは機内から始まる、お酒が無料なのを良いことにたくさん飲む。キャビンアテンダントに「高空はお酒がまわりますからほどほどに」と注意されても、話かけられると嬉しがるからたちが悪い(最近はこんな人は少ない)
「これ覚えときや、ソイスクンピッド、イーシプシー、インパラホテル」「ソイスクンピッド、イーシプシーですね」「そや、ソイスクンピッド、イーシプシー」「ハイ、ソイスクンピッド、イーシプシー」ばかりで終わらない。随分迷惑な客だった。
スクンピッド通りは知る人ぞ知る日本人の街である。街の至るところに日本食のレストランある。ラーメン屋は日本語のメニューがあり、本棚に少年マガジンが並んでいる。みんながのんびりと食事をしている風景はまるで昭和である。微笑みの国タイには、日本でとっくに失われたゆっくりとした時間が流れている。

それはそれで素晴らしいのだが毎日続くと嫌になる。せっかくタイへ来ているのに毎日味噌ラーメンと餃子ばかりは如何なものだろう。外国に長く駐在する人が日本食を食べたい気持ちはわかるけれど、観光客はご当地料理や観光を楽しみたいのだ。だが訪ねる相手は元上司であり、現地で色んな手配をしてもらうので逆らえないのである。タイスキやイェローカレーやトートマン・クンはいつもお預けだ。明日こそは食うぞとシンハービールをぐっと飲むとタイを少し感じた。
旅はたいてい三泊四日でそのうち二日はゴルフをするというけっこう過酷な日程をこなす。タイのゴルフ場は日本と違った楽しさがある。コースは綺麗だしキャディさんとのやり取りも面白い。キャディさんは自分が担当するプレイヤーを馬にして賭けをしているから使命感を感じる。バーディを取ったらご褒美にチップをだしたり、少々下ネタを話したりと何かと面白いのである。
それを何年も続けていたが料理や観光も楽しみたい。いつも朝早くからゴルフをして、ポセイドーンというマッサージパーラーに行って日本料理を食べて終わりだ。今日も同じだった。すっかり日が暮れた帰り道、一緒にやってきた大川さん(仮名)が突然怒りだした。
「なぁ、かもちゃん、タイに来てゴルフして日本食たべて帰るだけでええんか(ポセイドーンは抜けている)」「ごもっとも」「僕はバンコクに詳しいから観光に行こう(彼も長期間のタイ出張の経験がある)「エメラルド寺院がええな」「いきますか」はてお寺は日が暮れたら閉まっているのではないか。

旅の教訓 エメラルド寺院は拝観時間に気をつけよう
エメラルド寺院は正式名をワット・プラ・ケオといいタイで一番格式の高いお寺である。王朝がトンブリー王朝からチャクリー王朝に代わった1782年にラーマ一世によって建立された。近くに王宮がある。エメラルド寺院の由来の仏像はエメラルドではなく翡翠である。14世紀に北部タイかスリランカで作られたらしい。高い所に祀られているので小さくしか見えないが素晴らしい。
神聖な寺院なので色んな規則がある。多くの神像や祈りの場は撮影禁止となっている。お寺は靴を脱がないといけないし肌の露出もいけない。露出が好きな欧米人のためにタイパンツが売られている。これはなかなか履き具合が良くお土産にも良い。外は写真が取れる場所が多くインスタ映えするところばかりだ。
そんな神聖なところへ酔っ払って行こうとするのがそもそも間違っている。拝観できる時間は朝の8時30分から16時30分で、500バーツの拝観料チケットは15時30分で販売終了となる。とっくに閉まっている時間なのに酔いの勢いでタクシーに乗った。ところがタクシーはバンコク名物の渋滞に巻き込まれ全く進まない。

旅の教訓 トゥクトゥクは乗る前に金額交渉が必須
「ここらへんは良く知っているので歩こう」と大川さんは車を降りて歩きだしたが、よく知っている筈の道がわからない。同じ所を何度も行ったり来たりしているうちに一台のトゥクトゥクがやってきた。
「ニホンジン?カンコウスルカ」「ハウ、マッチ」「アトデ、イイヨ」歩き疲れていたので値段の交渉をせずに乗り込んだ。海外では、日が暮れてから知らない街を酔っ払って歩く、呼び込みの店に入る、知らない車に乗ることは決してやっていけない。案の定、運転手が案内する「ユウメイダヨ」の場所は暗いお寺やLEDで飾った案山子のような仏像ばかりだった。これ、なんかオカシイぞ。
そろそろ帰りたい告げると運転手の本性が現れた。400バーツ出せという。やれやれやられたかと思う反面だんだん腹がたってきた。「何が400バーツだ」と怒ると大川さんが「ここまずいのと違う」と言う。その言葉に周りを見回すと真っ暗で何処にいるか全くわからない。運転手の仲間がいるかもしれない。怒るのはちょっとまずいかも。

それでも悔しいので「ワンハンドレッド」と値切ると運転手の目が不気味に光る、これはやばいか。運転手が「トゥハンドレッド」と指を二本立てる。ここらが落としどころか、もう一声お願いをやっちゃえである。「オケー、デモ、タニヤンマデオクッテケ」「オケー」緊張感がなくなった。
トゥクトゥクは夜でも昼でも必ず交渉しないといけない。運転手はたいてい400バーツと言ってくる。100バーツあたりで決着するがタクシーに比べると随分高い。旅の楽しみでトゥクトゥクに乗るのは良いが、移動はタクシーを使うほうが安くあがる。
200バーツのトゥクトゥクは快調に夜の街を駈け抜けて行く。後悔は残るが吹き付ける風が気持ち良い。「ニホンジン、ツギドコイク?」「もう、ええわ」漫才である。
エックスサーバー

旅の教訓 交渉上手なゴーゴーバーの女性たち
「Thank you」ぼったくりの運転手は愛想よく去って行った。「何がサンキューだよ」「まったく」と言いながらタニヤの街をうろうろする。ゴーゴーバーは可愛い女の子たちが水着で踊っている。黒いビキニあり白いビキニやチェックもあり百花繚乱である。冷やかすのは楽しいがいい加減疲れてきたので、ビールを飲むために店を決めた。
女の子を指名してトゥクトゥクの話をすると「タカ~イ」と大笑いである。「ソンナノダスナラ、ワタシ二チップチョウダイ」「ノミモノ、イイデスカ」カモになりそうな日本人がのこのこやって来たのでご機嫌である。交渉は阿吽の呼吸で終わる。お店に700バーツ女の子にロングの3500バーツだ。
やれやれ長い一日だったがやっと部屋へ帰れそうだ、そのとき「ご飯食べよう」と大川さんが言い出した。もちろん女の子は大喜びである。まだ頑張るのか、ゴルフの疲れと酒がずしんと効いてくる。はしゃぐ彼女達の声が遠くなった。
食事を終えて更にコンビニ行ってやっと部屋である。もう欲望より疲れが先行している。シャワーでさっぱりしたら後はもうマグロである。お嬢さんは、こいつはもう出がらしだなと思ったか、スマホを取り出し誰かと話している。にっこり笑いながら「隣の大川さんはチップをいくらくれたよ」隣の部屋の女性と話していたのである。
二人は連携プレーでチップの交渉をしている。張り切った肌と弾むような乳房を押し付けながらだから交渉力がある。なんやかやでトゥクトゥクの運転手に出した額を出してしまった。

旅の教訓 ボッタクリに会っても嘆くことはない
日本人はすぐにチップを出すから相場が上がる、だからダメなんだとよく言われる。だが女の子が喜ぶのが楽しいからやめられない。ケチって面白くなく終わるよりもよっぽどましである。400バーツは1400円くらいだから日本のタクシーならやすいくらいだ。
200バーツ(700円)は日本人にとって大したことがない金額でも、タイの人には少なくない額だろう。トゥクトゥクの運転手もゴーゴーバーの女の子もそんなにお金持ちとは思えない。金を持っている人間がそれくらいをボラれても良いではないか。ふとそんな事を思う。
「もう、いいの」チップに満足したのか彼女が優しく囁いてくる。「今日はちょっと疲れたかな」彼女は手を伸ばしてくる「ウソ、ついてる」・・・男は疲れるとしたくなる。

中国人は金払いは良いが要求が厳しい、韓国人は金払いが悪くて要求が厳しい、日本人は金払いが良くて優しい。彼女はそんな日本人が好きと笑う、それはそうだろう。私も甘い日本人がけっこう気に入ってる。
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