タクシーの中が騒然としてくる。メンバーのうちの二人が運転手が道を間違っていると詰問しだした。興奮して運転手の証明書の写真を撮れと叫ぶ。運転手も言い訳をするのだがベトナム語なのでわからない。

夜の怪しい探検隊のプリンシパル
私はこのように運転手を責めるのは好きではない。運転手は真面目に道を探していたように見えた。東南アジアのタクシー料金は、日本に比べると圧倒的に安いから少々間違ってもしてもしれている。指摘した後は悠然としていたら良いの。ただメンバーが怒る気持ちが分からないでもない、昨夜は20分くらいで着いたのがもう30分以上走っている。
ハノイの夜である。行きつけと言うほどではないが何度か行ったことがあるKTVに向かっている。夕食のビールが程よく回り下半身は爆発寸前である。その圧力が頭にまで回ったようで騒ぎは収まらない、運転手はとうとうメーターを止めてしまった。どうなることやら・・・
このチームは椎名誠の「怪しい探検隊」をオマージュして「夜の怪しい探検隊」と名付けている。旅費と宿泊費を5万円以内に抑えて残った資金をすべて夜の街に投下するのをモットーとしている。食事も節約の対象であり日本の安いチェーン店へも平気で行く。グルメもへったくれもあったもんじゃない。両替は少しでもレートの良い店を求めて街中をさまよう。観光に興味がないので時間はたっぷりある。
後はビールを飲みながらひたすら夜を待つ。それほど風俗が好きなら夜を待つまでもないだろう。だが厳然たるルールが存在する。風俗は夜が探検隊のプリンシパルなのだ。理由はわからないがそうなっている。
ホテルも同じである、費用を節約するためにいと凄まじき所に泊まる。今回のホテルは泊まった人数の半分の部屋のシャワーはお湯がでない。仕様も凄い、シャワーをすればトイレットペーパーが確実に濡れる。ウォシュレットはもちろんゴムホースである。
部屋を出ればエッシャーの絵のような不規則な階段が待っている。3段だけの階段が壁に突き当って唐突に終わる階もある。そんなホテルだが朝食が上手いので探検隊の定宿になっている。フロントの男は初めて泊まった夜以来の顔見知りだ。

旅のお勧め ホアンキエム湖のほとりは贅沢な時間が流れる
ホテルはホアンキエム湖の近くにあり湖畔まで歩いて行ける。湖の周りは現代的なレストランや市内観光のバス乗り場がある。市場もありベトナムらしい安いTシャツや民芸品を売っている。道路はバイクで溢れ、お姉ちゃんたちが2人乘り、時には3人乘りでかっ飛ばしていく。
ホアンキエム湖は、紅河という河が氾濫してできた湖である。名前は亀の伝説に由来する。その昔ベトナムの皇帝が中国の明と戦った。明は大国である。皇帝は湖の神である竜王に勝利を願った。竜王は皇帝に宝剣を貸し、皇帝はそれによって勝利する。戦いが終わると金色の大亀が湖上に現れて、皇帝に剣を返すように伝えた。皇帝は湖の小島で宝剣を返す。その伝説から湖は還劍(ホアンキエム)と呼ばれるようになった。
1968年に湖で体重250キログラムの大亀が捕まった。伝説の亀として大騒ぎになったが漁師が死なせてしまう。みんなが大変に残念がったので亀は剥製にされて玉山祠に飾られた。それは今でも見られる。亀というがどう見てもスッポンである。これがデカい。亀の頭すなわち亀頭も大きい。おもわず自分のものと比べてしまう。スッポンの大きな亀頭に精力、到底勝ち目はない。迫力満点で自分を謙虚にしてくれる。
日が高いうちは湖のほとりや近くの商店街をぶらぶら歩く。疲れたら食堂に入りバーバーバーとかハノイビールを飲む。本当に何もしない。ベトナムのゆっくりとした時間はそんな私たちを包み込んで流れて行く。思い返せばたいへんに贅沢な旅だった。
夕暮れが近づくと早いめの夕食をとる。生春巻きにフォーと蟹料理はたいへん美味しいのだが、どれもヘルシーフードでいまいち精力が付きそうにない。昼間見た亀が脳裏に浮かぶ、あれなら、あれを食べたらあの亀頭のようになるかもしれない。だが相手は神の使いである。口に出すとバチが当たりそうなので黙っていた。

旅の教訓 どんな相手にも敬意を失ってはいけない
不埒な考えはすぐに報いを受けることになる。タクシーが店に着かないのである。二度とそのようなことは考えないと心の中で誓う。すると運転手は道が分かるようになった。「途中で止めたメーターの金額だけで良いよ」「チップは無し、こんなに時間がかかって」目的地に着くと捨て台詞を吐いて降りていく。
運転手は悔しそうに黙っている。最後に降りた私は止まったメーターの金額に20万ドンのチップを付けて渡した(1000円くらい)驚いている運転手の肩をポンと叩きありがとうと言う。場所を聞き違えた(おそらく)運転手が悪い。だが、はっきりと伝わる方法を取らなかったこちらにも非はあるだろう。値段の交渉は必要だが相手を罵ることはない。
運転手にもディグニティはある。私には運転手が私たちの言うことを理解しようとして頑張っていたように見えた。どんな国であれどんな相手であれ敬意は失ってはいけない。相田みつをではないがお互い「人間なのだから」だ。

ハノイの日式KTVは・・・
昭和のダジャレのようだが20万をドーンと渡して気分が良くなった。仲間は既に女性を指名して飲み始めていた。「遅いですよ」「何をしていたのですか」口々に言ってくる。出遅れたかと焦ってしまう。残った女性たちのなかに小柄で長い髪の娘がいる。自分をアピールすることもない。
その雰囲気が気に入った。名前はチャンさん、ベトナム女性特有の透明感のある肌をした可愛い娘である。この娘はこの後も付き合ってくれるのか。ベトナムのKTVは基本的に連れ出しはできないらしい。しかしここは何度もOKを貰っている。だが全ての娘がOKなのかはわからない。
歌を歌っているうちに場は乱れた。男はパンツを脱いで娘が亀の頭をしごくという無茶苦茶である。みんなの機嫌はすっかり良くなっている。チャンさんはあまり騒がず私の手を握って面白そうに笑っている。どさくさに紛れて今夜一緒にどうかと聞いてみた。彼女は恥ずかしそうにうつむくと手を強く握ってくる。頬を肩によせてくる。これはOKか、OKなのか、鼓動が早くなり亀が首をもたげる。
そうなると早く帰りたいばかりである。飲み台150万ドン、ママへのチップ20万ドン、なんやかやで70万ドン、秘めやかなお楽しみが220万ドン、全額で460万ドンくらいだったろうか。始めてきたときより随分安いがそれは気のせいだろう。ホテルに着くとフロントマンがにゃっと笑い「Tonight OK?」・・・「Maybe」

旅の教訓 アジアの街は複雑 目的地の名刺や地図を持とう
めくるめく時間はあっという間に過ぎ去り、彼女は静かに寄り添っている。長い黒髪がシーツに流れ白い肌とのコントラストが美しい。これならもう一回できる気がするが野暮なことはやめておこう。「たぶん運転手は場所を聞き間違えたのよ、パディン区やハイバチュン区はわかりにくいから」タクシーの話をすると優しい笑顔を浮かべる。
アジアの街は複雑だし発音は難しい、目的地の住所を示す名刺や地図を持つのが確実だ。スマホは日本語表示でわかりにくい、焦ったおじさんがスマホで示すと尚更である。怒りだした隊員たちは帰りにはすっかり機嫌が治っていた。「今日は良い日でしたね」「そうだったね」「あの運転手にちょっと言い過ぎましたかね」君等ねぇ。
「何を笑っているの」彼女が視線を向けてくる。「今日のタクシーのこと、明日はみんなどうするのだろう。僕は水上人形劇に行きたいのだけど彼らは興味がない。チャンさん一緒にいかない?」問いかけは社交辞令のようなものだが、彼女は頬を胸に押し付け背中に手を回してくる。これはひょっとしたらOKなのか。

ハノイの夜は更けて10時はとっくに回っている、結婚していない男女が10時を過ぎて一つの部屋にいてはいけないはずだ。チャンさんこれで良いの。


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