
烏來老街には色んな食堂がある。看板に五菜一湯とあればオカズが五つで汁ものが一つの定食である。その他イノシシ料理、ソーセージ、川エビ料理、山菜や野菜、ピータンの天ぷら、ちまきや竹筒ご飯などタイアル料理がいっぱい並んでいる。ご飯はもち米でおこわが美味しい。色々なスィーツのお店もあり何を食べるか迷ってしまう。
「ここへ入ろう」と彼女はある食堂に入っていく。セットメニューが人気らしいが残さずに食べきれる自信が無いので「単品でどうかな」と聞くと「七品のセットを頼んで分けよう」と言う。分けると言っても二人分出てくるのじゃないか。彼女はもう店員に早口で注文している。慌ててビールと川エビの唐揚げを追加した。

烏來老街、鶏料理は美味しい
イノシシ肉(豚?)の炒め物やソーセージ、鶏料理は美味しい。いつもながらアジア女性の食欲は凄くて惚れ惚れしてしまう。あっという間に平らげてしまった。これだけ食べて4000円はかからない。彼女は「蒸しパンみたいな」お菓子を見つけて「これ美味しいよ」と手に取っている。30元くらいだ。通りを進んでいくと景色が開け河原が見えてくる。そこには無料の湯を楽しむ人がたくさんいた。

個室温泉、お湯は溢れた
更に進んでいくと温泉街になる。彼女はそのうちの一つに入って行きフロントと話している。烏來の温泉は、レストランと一緒に併設された水着で入る大浴場と個室の貸切り風呂がある。彼女が「来て」と招くので傍にいくと「一番いい部屋で良いよね」で800元の個室を借りた。いったいどんな部屋なんだろう、と入ってびっくり、丸見えの湯船とダブルベッド、バスタオルにアメニティ、これって日本のファッションホテルじゃないの。

だが窓からは川の流れが見えてなかなか風情である。私の評価はファッションホテルから温泉ホテルに格上げされた。湯船は空でお湯は自分で張る。これはファッションホテルと同じだ。彼女が慣れた手つきで湯を張り「日本のお風呂好き、入ろう」とさっさと服を脱いでいる。「入るね」と元気が良い。外は快晴、窓から燦燦と陽光が入っている。彼女は裸で立って外を見ている。窓は曇っているけど大丈夫かな、丸いお尻が眩しい。
湯船に浸かるとどうしても肌が触れ合う。というより彼女がくっついてくる。「エッチだから嬉しいでしょ」と顔を近づけてくる。そんなにされたら・・・まるで人妻温泉癒し系だ。お湯が波打って床に溢れる、後で怒られるのではないか。彼女はそんなことはお構いなしに、ますます激しく動く。お湯はザバザバと溢れる。彼女はやる気満々だった。
温泉を出る時心配したように怒られることはなかった。それを話すとお湯はいくらでも出るから平気と笑う。身体を交えると心がぐんと近づくが、これが続くと妻のようになってしまう。アリストテレスと孔子は物事は中庸をもって良しとすると言っている。しかしこの加減が難しい。

彼女は、温泉魚にはしゃいだ
風呂の次は足湯である。風呂へ入ったあとで足湯へ行くのもなんだかだが彼女は気しない。足湯に足をつけると湯舟に金魚がいた。赤い魚に混じって少数だが茶色いのがいる。まるで金魚すくいのプールようだ。魚たちはたちまち足に寄ってくる。「ね!くすぐったいけど気持ち良いでしょ」と身体を寄せてくる。たしかに悪くない。
若い娘の足の皮を食べる魚とおじさんの皮を食べる魚がいる。その差はどうして生まれるのだろう。幸運と不運に間はちょっとの距離しかない。彼女はどちら側にいるのだろう。私の足を突ついている魚たちにごめんなさいと言った。

彼女はくすぐったいとはしゃいでいる。周りのおばちゃん達が笑っている。ひとりが彼女に何か話しかけみんなでどっと笑う。どうやら私のことを話題にしているらしいがさっぱりわからない。
後の話だが「あんたの彼氏かい?」「そうよ」「随分年上だね」「放っておいて」「彼氏の足、随分ふやけているじゃないか」「ほんとだ」「もう温泉へ行ってきたんだろう」「知らない」「そんなにふやけていたら魚が食べすぎになっちゃうよ」「ほんとだね」と、彼女たちは魚の腹具合で大笑いしていたのだ。
そろそろ帰りの時間が迫ってきた。「帰ろうか」というとスマホを見て名残りおしそうに頷く。途中の烏來老街で「お腹が減った」と言い出した。思えば昼から随分時間が経っている。お店に入り私はビールとソーセージを、彼女はミータオメンジーという鶏料理を注文する。つまむと柔らかくて美味しい「好吃」て言うと自慢そうに頷いた。風呂と運動の後のビールがまずいはずがない、喉に染みるように落ちていく。


帰りのバス、彼女の横顔は寂しそう
帰りのバスの彼女は静かだった。時折肩を寄せてくるが殆ど黙って窓の外を見ている。バスは曲がりくねった坂道を下っていき、私は彼女の横顔と窓の外の景色を見ている。ドクターフィッシュだったらどちら側にいるのだろうか。来る時よりも時間の経つのが早い。そのうちに眠ってしまった。
「ついたよ」と彼女に起こされるとバスはもう街に入っていた。彼女がそっと手を握ってくる「終わっちゃた。ずいぶんお金を使わせてごめんね。楽しかった」・・・「終わっちゃった」と繰り返す。とっくに忘れていた感情がに蘇る。その気持ちは捕まえようとするとするりと逃げてしまう。
戸惑いながら握る手に力を込めると、彼女は肩を寄せてきた。MRTで帰るという横顔はとても寂しそうだ、思わず「食事して帰る?」と言ってしまった。「ジェンダマ!」彼女の顔がパッと明るくなる。今夜も長くなりそうだ。みんなにも怒られそうだし・・・私はスマホを取り出した。

旅の教訓 旅先の女性と深みにはまらないように
その夜は食事をして別れた。もっと一緒にいたかったがこれくらいが潮時だとお互い分っていた。彼女もプロだから、今日のような楽しさは色んな条件が重なって、たまたま上手くいった化学反応のようなものだ。
ショーを見て笑顔を見せる彼女、温泉での眩しい後姿、温泉魚にはしゃぐ姿、帰りの寂しそうな横顔、彼女と過ごした今日を忘れることはないだろう。人生には思いがけない出会いがある。それはめったに無いが、ドラマや映画のなかだけでなく。現実にも存在しKTVでは案外身近にあるのである。
彼女とはその夜以来会っていないが、ときたまラインがやってくる。ダウンロードできないラインゲームが付いてくる、仕方がないのでスタンプを返す、その繰り返しをやっている。

キャラクターの丸い姿は、なんとなく彼女に似ていて、見るたびに烏来温泉の眩しいお尻を思い出す。彼女も何かを思い出すのだろうか。
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