お金か、良い思い出か、自分が死を迎えたときどちらが残っていたら嬉しいだろうか。そのときが来たらどちらでも同じだろうが、そこに至るまでの人生の楽しさは随分異なりそうだ。

人生にはその時しかできないことがある
この本の著者ビル・パーキンスは、人生にはその時にしかできないことがあり、お金を貯めるだけでその経験をしないのはもったいない、死ぬ迄に必要なお金を貯めて残りは全て使って思い出を増やすべきだと言う。
そのときにしかできない事があるというのはまさにその通りで、スポーツはもちろん、勉強や研究、子育てなど何でもそうだ。私は山登りを趣味としていたが、今では冬の岩壁にアイゼンをたてることも雪山でラッセルをすることもできない。もっとも愛する風俗でさえも衰えを感じる。
だが、みんなしたい事するお金がないから苦労している。そんな私達にビル・パーキンスは何を語るのか。彼が説明するお金の使い方は具体的かつ明快で腑に落ちる。だがお金を使い切るタイミングは難しそうだ。庶民が持つお金の総量は少ない、やりたい事を全てやったらあっという間に無くなってしまう。
イソップ物語のようにキリギリスを助けるアリは人間社会には居ない。金が無くなり最低の生活を過ごすときの楽しかった思い出は逆に辛くないだろうか。そう考えても「DIE WITH ZERO」は人生の旬と思い出の大切さを納得させてくれる。読む価値は十分にある。

イソップ物語のアリはいつ楽しむ?
まずは、有名なアリとキリギリスのイソップ寓話から始めよう。(中略)この寓話の教訓は、人生には働くべきときと遊ぶべきときががあるというものだ。もっともな話だ。だが、ここで疑問は生じないだろうか。アリはいつ遊ぶことができるのだろう。
DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール ビル・パーキンス(著) 児島修(訳) ダイヤモンド社
話はイソップ物語のアリとキリギリスから始まる。筆者は真面目に働くアリが正しいとされることに疑問を感じていた。アリはいったいいつ遊ぶのだろう。アリだって楽しむ時があって良いはずだ。それが全体を通してのテーマになっている。
キリギリスは夏に遊んで食べ物を蓄えなかった。冬になると草は枯れ食べるものがなくなってしまう。キリギリスは空腹に耐えきれずアリに食べ物を乞い、アリはキリギリスに食べ物を与える。めでたし、めでたしだが、ちょっと待てよ、キリギリスは夏に遊び暮らし冬はアリから食べ物を貰って空腹を満たす。
これでは得をするのはキリギリスばかりだ。アリがキリギリスを見捨てる結末もあるが、子供が読むのに見捨てるストーリーはふさわしくない、との配慮からかキリギリスは生き残る。だが助けたアリはいつ楽しむのだろうか。
「DIE WITH ZERO」の誕生
ビル・パーキンスは「Your Money or Your Life」を人生の指針にしている。日本版の装丁には「Getting all you can from YOUR MONEY AND YOUR LIFE」と入っている。お金を使おうと勧めるが「FIRE最強の早期リタイア術」と同じく無駄使いは勧めない。一般的なFIREの指南書はリタイアのための資産形成に重点を置くが「DIE WITH ZERO」は形成した(もしくは形成しつつある)資産(金)を有効に使うことに重点を置いている。
彼はウォールストリートのヘッジファンドマネージャーとして働くお金持ちである。あるとき医者に「あなたは資産をどうしたいか」と問われると「死ぬまでにお金をすべて使い切りたい、使って人生で色んな経験をしたい、金は年をとると使えなくなるのだから」と答える。医者はその考えに共感して本を書くように勧めた。そうして「DIE WITH ZERO」生まれた。

死を迎えたとき、望むのはお金か思い出か
彼が若い頃、ルームメートが長い休暇を取りヨーロッパ旅行をした。その思い出話を羨ましく思う。人生はその時やその環境でしかできないことがあり、体験は貴重な思い出になる。お金は使えば無くなるが思い出はいつまでも残ると気付いた。
ある年、彼は父の誕生日に父が大学時代にフットボールをする映像をプレゼントする。父はとても喜び涙を浮かべた。その姿から人生の最後に残すものは思い出だと確信する。お金が貯まれば使って素敵な体験をしよう、死ぬ時にお金がゼロでも良いではないか。色んな体験は投資と同じで思い出が配当になって返ってくる。
彼の意見に対しては多くの疑問が寄せられる。老後資金(生活資金、不意の出費、長寿)の額は予測できない。子供に財産を子供へ残したいと様々である。老後資金は最低限の生活を考えれて残せば良い、方法はある。子供に財産を残すより生前に贈与すれば良い。子供は一番お金が必要な時期に受け取れて助かるし、生きているうちなら子供から感謝を受けとれる。

お金は生前に使うと感謝を体感できるのだ
ニューヨークに93歳の独身女性がいた。彼女は法律事務所の事務員をしながら820万ドルもの貯金を残していた。貯金は遺言によって全額を市に寄付した。筆者は思う。寄付は尊いが自分のために財産をもっと使っていたら彼女の人生はもっと素晴らしかったのではないか。生前に寄付をしていたらたくさんの市民から感謝を受けて幸せを感じただろう。死んでしまえば感謝を受けてもわからない。
年をとればお金を使おうと思っても使えなくなる。年を取るほどお金の価値は低下していく。だから使えるときに使う。良い人生は金を使うタイミングが重要だ。ただお金がない人はどうする。お金が無ければ無いなりに楽しめる体験を探せばよい、闇雲にお金を使わなくても、年齢、金、健康、時間を最適化した範囲で体験を探すのが重要なのだ。

使い切る決意より考え方を知る
筆者もFIREのクリスティ・シェンも大金持ちである。その人たちにお金は貯めるより使おうとか、老後の資金を最小化しようと言われると、金があるから言えるのだとやっかみたくなるが、彼らの成功は自分の努力の結果だから仕方がない。
彼らと同じようにお金を使えなくても、家族旅行やバーベキュー、映画鑑賞、好きな人と静かに過ごしたり、できることは色々ある。幸いにして思い出に値段はつかない。大金を使った宇宙旅行も節約して行った家族旅行も返ってくる幸せの配当は同じなのだ。「ねぇ、あのときのこと覚えている」で会話が始まると共有した体験を思い出して会話が弾む。一つの思い出から次々と体験が思い出される。それが「思い出の配当」である。
誰も死後の世界は分からないが、お金を持って行けないのは確かなようだ。それなら生きているうちに使って色んな体験をしよう、使えば幸せになるという主張は腑に落ちる。「DIE WITH ZERO」を知ると貯金が減っても気が楽になる。お金が無くても思い出を作ろうという気になる。
身体が元気なうちにスポーツを楽しむ、子供が小さいとき子供たちと思いっきり遊ぶ、世界を見たいのだったら旅行にどんどん行く、若いうちにしかできないことだ。大きな声で言えないが夜の楽しみもそうだ。人生には旬があるのである。

松下幸之助は不況の際に「こんな時やからこそ金持ちがお金を使わんといけません」と言った。金持ちがお金を使えば経済が回り庶民も幸せになる。成功者が「DIE WITH ZERO」をするのは社会にとって重要である。莫大な個人資産を銀行に眠らせる日本人が読むべき一冊。
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