夜に来るもの 夜はすべての人に平等である

独り言

始めに:この「独り言」は他のブログで書いていたのを持ってきたので毎日晴天と重複している部分が多くあります。寛容を持ってお許しください。

また夜がやって来る。現代社会はとかく格差が言われるが平等なものが二つある。夜と死である。それは独裁者にも大金持ちにもホームレスにも平等にやってくる。人は夜がくれば眠る、そのまま起きなければ死である。死は長い眠りとも言える。朝に目が醒めなければ死である。眠っていても死んでいても当人は何も分からないから同じことだ。朝は夜の結果である。その夜がまたやって来た。

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死の平等はなくなるかもしれない

その平等の一つである死が無くなる日が来るかもしれない。小林武彦は著書「生物はなぜ死ぬのか」で、老化のメカニズムが解明されつつあり寿命が大きく伸びる日は遠くないと言っている。高い治療費を払えば長生きできるようになる。大富豪は宇宙旅行をするように死を避けられる。平等だった死がお金と同じように不平等の象徴になるかもしれない。


死が無くなれば人間社会は大変なことになる。宗教も道徳も社会も経済も根本から変わる。人が死ななければ新しい人は必要ないから性の意味も変わる。子供を慈しむ心は無くなるかも知れない。死の無い世界は、死を避けることができる人にとっては素晴らしいが、その社会はおぞましいものだろう。

永遠の生を楽しむ雲上人と今まで通りに死ぬ庶民に分かれた社会ができる。想像するだけでも嫌だが、雲上人が羨ましいとは思えない。若いままで歳が止まれば成熟する楽しみが味わえない、年老いてから長生きしたらあそこが使えない。その体で若い娘を見続けるのは辛い。その人生は幸せだろうか。

情事は夜がふさわしい

科学者は寿命を伸ばして死の平等を無くすのに懸命だが、ありがたい事にもう一つの平等である夜を無くそうとは考ない。プロメテウスから炎を貰って満足したようである。人間と反対の生活をするのがバンパイアだ。彼らにとって人間の昼が夜である。

彼らは不死を実現しているが都合の悪い昼を無くそうとは考えない。映画「ブレイド」のバンパイアは、デイウォーカーに憧れても昼を無くそうとしない。マキャモンの「奴らは乾いている」の吸血鬼はロスアンジェルスを征服しても昼は寝ていた。

夜や昼を無くすのは死を無くすようなメリットが無いのか。昼ばかりの世界は暮らしにくそうだ。夜が無ければ歴史は作られない。情事の雰囲気が出ない。ベッドの上の秘事も減るだろう。たしかに中年太りのお腹やDcupに見せかけたBcupを白日の下に晒すのは忍びない。

西欧人は平気かもしれない。Porn・Hubに外国人が真っ昼間の海岸や野原でいたす動画が多く上がっている。彼らの瞳がブルーなのは昼にするからで、日本人はもっぱら夜にするから瞳が黒くなるという説がある。信憑性は韓国の桜の起源と同じくらいである。

夜を無くしてもメリットはないようだから、夜の平等はとうぶん安泰そうだ。

お金持ちも貧乏人も平等に楽しめるもの

夜が来るのは平等だがその過ごし方は不平等に満ちている。お金持ちは美女は侍らせ、一人暮らしの貧乏人はAVで我慢する。その差は大きいが貧乏人は負け惜しみを言う。美女と過ごすのは精神的満足感が大きいかもしれない。ただイカそうとムキになったり、女性のペースに合わしたりで気を使わう。そんなのはまっぴらである。

だからオナニーを楽しんでいるんだ。誰にも気を使わない、いくタイミングは自由自在、マイペースでその上お金がかからない。純粋な気持ち良さは本番とあまり変わらない。欠点は手が必要なことだが便利なグッズも増えている。無駄なお金を使わずに楽しめる。一石二鳥である。

今のお一人様の環境は充実している。昔は大人のグッズもAVもなかった。明治時代はコンニャクを使ったらしいが臭いが残ってうまくない。スイカやカップヌードルは入れた後の復元性に問題が残る。今はオナホールやテンガなどのグッズが大いに発達した。味わいも本物に近い。

夜に見つけたもの

それらは金持ちも貧乏人も平等に楽しめる。工夫次第では金持ち以上の快楽が得られる。オナニーは性交の練習であるだけでなく人の文化だ。ただ自由はあっても女性と接する精神的な満足がない。そこは想像力で補おう。

ただ自慰は性交の練習である。練習は本番の喜びにかなわないのも冷徹な事実である。

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