中国 上海の風俗は諦めた方が良いかもしれない

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ほんとうに久しぶりの豫園である。上海駐在の知人と南翔饅頭店で小籠包を肴に酒を飲んでいる。豫園に初めて来たのは30年くらい前、鄧小平の開放政策が始まった頃だった。街を走る車はフォルクスワーゲンと中国の合弁会社が生産するサンタナばかり人民服を来ている人もまだ多くいた。

「社長さん、絹のパンツ3枚100元よ」当時は観光地へ行くと物売りがやってきた。一度買って飲み屋のお姉さんにあげたら肌触りは良いけど履き心地が悪いとの感想だった。縫製技術が遅れていたのだろう。中国は発展途上だった。豫園で一度だけリーベンクィツ(日本鬼子)と言われたことがったが、今のような反日感情は無くみんなが経済発展を楽しんでいた。

それから30年、上海は近代化し所々に残っていた古い町並みは減っていった。街やビルは新しくなり明るさをましてキラキラと輝いている。東京には空が無いレベル以上に空は曇っている。人が多いのは変わらない。なんとなくギスギスした感じが強くなったような気がする。上海の人は昔から高慢だと言われたが拍車がかかったようだ。

豫園にきたとき、その雰囲気が浅草に似てるなと感じた。それから好きになり機会がある度に訪れた。それなのに豫園が豫園商城の一画だと知ったのは最近である。私の好きな雰囲気は商城の商店街と近くの老街だった。

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旅のお勧め 上海へ言ったら豫園に行こう

門の中の店はずいぶん新しくなった。英語表記のハーゲンダッツやマクドナルド、シェイクシャックがある。北京オリンピック以前はマクドナルドは麦当労、ケンタッキーは肯德基、漢字だけの看板で何の店かわからなかった。それから数十年、中国のケンタッキーは美味しく独自進化したらしい。商店街や九曲橋を歩く人たちの服装は華やかになったが、中国らしい雰囲気は残っている。中国人はどこへ行っても騒がしい、それがここでは良く似合っている。

南翔饅頭店は1900年に豫園で創業された小籠包で有名な料理店である。ここの小籠包は皮が薄く餡が大きい。創業当初からレシピが変わっていない。餡は厳選された豚肉や鶏、野菜のスープにゼラチンを加えて作られている。頬張ると熱いスープが口の中でじゅっと広がる。前回来たときは中国らしくおばちゃんと小娘が大きな声でやり合っていた。

料理の味は抜群に美味いかと言われれば答えに窮する。中国人と日本人の味覚に差があるせいだろう。それを除けば小籠包も他の料理も間違いなく合格点の味である。豫園の風景と雰囲気を合わせれば行って損はない店だ。東京に支店があるそうだから、そこで試してみるのが良いかもしれない。

庭園の池の中にある湖心停という古い喫茶店、上海绿波廊酒楼など有名な店がある。建屋は明代の中国様式が再現されている。花和尚魯智真や黒旋風の李逵が酒を飲んでいてもおかしくない雰囲気が漂う。

豫園は中国風にいうとユーユェンになる。作ったのは四川布政使だった潘允端という人だ。布政使は省を納める長官のことだから、随分権勢を誇っていたのだろう。彼は父を楽しませるようと庭園を造って豫園と名付けた。豫は愉と同じく楽しさを示すので楽しい庭園になる。入場料は繁忙シーズンは40元、それ以外は30元である。

庭園は、明の時代1559年から18年間をかけて作られた。1577年といえば、万歴年間であり景徳鎮で万暦赤絵と言われる磁気が盛んに作られた時期だ。明は、その頃、平和で文化の絶頂期にあった。絶頂期に作られた豫園は見応えがある。1592年に豊臣秀吉が朝鮮出兵をすると状況は一変した。朝鮮の支援と倭寇の侵略によって国が衰退していく。

日本人が一人で食事をしていると起ったこと

由緒ある観光地なのに、青島ビールを飲みながら話す会話はあまり上品でない。「上海の風俗はどう」「駄目ですね、あることはあるのですが、怖くて」「そういえば来る前にこんな話を聞いたよ。知人がレストランで食事をしていた時のことだけど」風俗を諦めたので時間はたっぷりある。「それはね」

ある知人が日本から出張で上海に来ていた。どちらかというと風采のあがらない真面目な技術者だった。現地工場での難儀な仕事が終わり、ホテル近くのレストランでタンメンと回鍋肉を注文し、ビールを楽しんでいた。「日本の方ですか」そんなとき声がかかった。可愛い女性の声である。驚いて顔を上げると妙齢の女性が二人立っている。なんだろう。

「テーブルを一緒にしていいですか」周りを見回すと空席は多くある。「二人だけだったら寂しいので」と微笑む。女性の微笑みには男は勝てない。「好的」訝しみながらも言ってしまった。「この人、中国が話せる」「まぁ素敵」コロコロと笑う、テーブルの周囲は牡丹の花が一斉に咲いたように華やぐ。

一人は、黒髪を結い上げ、もう一人はセミロングにして垂らしている。ひし形の顔にアーモンドのような目、小さめの唇、典型な中国美人である。「どうしたの」不思議そうに見ていると馴れ馴れしい言葉で問いかけてくる。白くて長い腕がブラウスから伸びている。「どこ見てる」「日本人エッチ」と笑う。淋しいテーブルに美人が二人もやってきた、ついてると思ったのも無理はない。

娘たちの笑顔は牡丹の花のようだった

「出張ですか」「そう」「いつまで」たわいない話でも一々声を出して笑う。美女の笑顔ほど手強いものはない。すっかり彼女たちのペースになった。彼女たちは早口の中国で相談しながら「お肉食べたい」「ここの水餃子は美味しい」日本語で話してくる。はて自分たちの食べるものを何故私に聞くのだろう。

トイレに立つとき「ごめんなさい」とわざわざ腰を擦り付けて行く。白身魚の清蒸を取り分けるときは指がさり気なく触れる。触れると目を合せて微笑む。なんなんだこれは、疑惑が湧いてくる。ひょっとしたら夜の商売の女性かもしれない。誘いがあれば乗っても良いか、でも今は危ない時期だからやめておくべきか。それにどちらを選ぶか難しい、いっそ二人ともか。胸はセミロングが大きそうだ。どうする、それにしてもよく食べるなぁ。

やがてお腹をが膨れたのか、箸を置くと中国語で話しかけてくる「ヘンニュウウェイ、シェシェ、ニダオ、シェン。ヘンヨウチュウイ」コンパクトを取り出して口紅を確認する。ニッコリ笑って立ち上がる。「ありがと」入口で振り返りもう一度笑って手を振ると夜の街へ消えて行った。

人は予想外のことが起こると咄嗟に反応ができない。彼は追いかけることもできず見送った。暫くして騙されたのに気がついた。考えてみれば始めからおかしい。あんな美人が日本人に話しかけてくる必然性がない。「リーベン、やられたね」店の小娘が笑いながらやってきて彼の伝票の上に女たちの伝票を重ねた。

「それでどうしたのですか」「全部支払って帰ったそう。下心を持った自分が阿呆だったと笑ってたね」「そんな美人なら会ってみたいですね」「騙されたのには腹が立っても、なかなか会えない美女と楽しく食事ができたのだから羨ましい」「キャバクラのお姉さんと同伴も似たようなものだし」「ここに来たら良いのに」彼女たちのカモはまだ何羽もいそうだ。

旅の教訓 寸色詐欺、美人の一緒に食事しても良いですか、に注意

「そうですか、その話はよく聞きますよ」なんでもこの寸借詐欺ならぬ寸食詐欺のパターンは数種あって、いつの間にか居なくなる、トイレへ行くといって戻ってこないがあるそうだ。笑って礼を言うのはまだマシな方である。さすがに中国、油断も隙もない。

「上海の風俗についてもうちょっと教えてよ」「昔みたいな遊び場は殆どないと聞いてます。2017年に公安当局が風俗店を一斉摘発してから駄目ですね。その後もやっていた店はあったのですが、監視カメラや、密告したら報奨金がでるので店舗型の店は壊滅してますね」

「中国人の行く置屋やマッサージ店はありますが、日本人は無理です。KTVも探せばあるらしいですが値段がとても高い。僕らの会社はもう遊びにはいきません」現地の人間に聞けば夜遊びができるかもしれないと期待したが彼の話は無情だった。

「それより日本人というだけでタクシーの運転手に殴られた話を聞きました。他にもぼったくられたり、なにかと物騒です」「それより公安に捕まるのが怖い、安心して飲めるのは共産党の関係者と一緒のときだけという笑い話があるくらいです」

旅の教訓 上海での夜遊びは諦めたほうが良いかもしれない

「遊び好きは、ベトナム、タイ、台湾へ行くようです」「君等も大変だね」「そうです。中国以外の国に駐在する社員が羨ましいですよ」風俗はデリヘルが中心になっている。これが一番安全らしいが、60分で1000元から2000元くらい。2万円から4万円だから安い感じがしない。彼の友人が試したところ言葉も通じず盛り上がらなかったそうだ。

今回は香港に行くついでに上海に立ち寄った。2024年中国では反日事件が多く発生した。日本でも反日行動が毎日報道されている。それでも久しぶりに上海の夜を楽しみたい気持ちを抑えられずにやってきた。悪い予想は当たる、マーフィーの法則である。昔のような風俗は期待できない。

ホテルの窓から見える上海の街は輝いている。しかし性の爛熟はなくなってしまった。駐在している社員の様子を見ると大人しくしているのが良いようだ。

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