「もう疲れました」村田君(仮名)は大きなため息をつく。「海外でメーカーの営業なんていらないんですよ。技術がいれば技術同士で話して決めていく。やることと言ったら、本社からやって来る人のアテンドばかり。仕事をしてる実感がないんですよね」

バンコクでかかってきた一本の電話
「悪かったね」「いやいや、かもさんは違います。」村田君が慌てて否定する。ずいぶん酔いが回っている。「いいんですよ、話を聞いてくれるだけでうれしいんですよ」この展開、まるでサラリーマン漫画だ。
村田君は以前、私の部下だった。海外事業部から異動の打診があったとき「是非行くべきだ。これからは海外の時代だし、サラリーマンが転勤を断って良いことはない」と送り出した経緯がある。そのあとは海外経験が長く将来を嘱望されていると聞いていた。
「かもさん、今タイにいるんですか」突然電話がかかってきたのは昨日の夜だった。「おお村田君か、久しぶりだね、どうしたんだ」「バンコクに来てるなら言ってくださいよ」「もう会社辞めちゃったしね、お世話になるのは申し訳ないから」「関係ないですよ、そんな事。明日の夜は空いてるんですか」「まぁ隠居みたいなもんだから」「それじゃ、明日食事行きましょう。良いレストランを予約しておきますから。ホテルはインパラホテルですか。迎えに行きますよ」
彼の声を聞くのは本当に久しぶりだった。もう随分長い間会っていない。会社を離れてからはこちらから連絡することもなかった。どうしたのだろう、と訝りながら待っていると彼がやってきた。運転手付きの車である。タイでも中国でも駐在員は社有車を与えられる。偉いからというわけでなく、日本人がアジアの街を運転するのは危険すぎるのだ。

旅の教訓 タイ料理のレストランはトンクアルンできまり
「久しぶりです」彼は課長に昇進していた。「久しぶり、どうしたの」「たまには会社関係以外の人と飲みたくなって、あれ、かもさんも会社関係ですね」「だった、だね」「それではいきましょう、近くにちょっと洒落たレストランがあるんですよ」というわけでやってきたのが「トン・クアルン」だった。
ホテルから車で10分もかからないスクンピッド49にレストラン「トンクアルン(ต้นเครื่อง)」はある。これまでバンコクに来ると、昼は牛野屋や大戸屋、夜は日本料理店やラーメン屋で餃子で済ませて飲み行くのが普通だったのでレストランはあまり知らない。トンクアルンは大変に有名な店らしいが当然知らなかった。ここは観光客に人気があるのはもちろん日本の会社も接待に使う。タイ人にも人気があるそうだ。
タイではクアルンという言葉を良く聞くような気がする。ต้นเครื่อง(トンクルアン)をGoogleで翻訳すると機械のマスターになる。それはちょっと違うのじゃないかと思うが、クアルン(เครื่อง) は、道具、機械、身につける物など幅広い意味を持つ言葉で料理の材料も含まれる。トンクアルンは料理の達人くらいの意味だろう。達人らしくタイ王室が美味いと認めた「緑の丼」マーク店でもある。
似た言葉にクアルンプルンがある。こちら甘味、辛味、酸味、塩味の4つをセットにした調味料を意味する。店は大きく立派でテーブルの間隔が広くて開放感がある。ショーケースに女性が喜ぶスィーツも並んでいる。ここは接待にもデートにもピッタリなレストランに思える。。

旅の教訓 タイ王室のお墨付き 緑の丼
「いいレストランだね」「そうですね。ここ結構混むので予約しておきました」「車はどうしたの」「待ってもらってます」「運転手さん大丈夫」「大丈夫です、彼らは休日出勤や時間外を喜びますから」待たしているということは、ここが終わったらすぐに帰るつもりだな。まぁいいか、今日はホテルの近くのマッサージでさっぱりにしよう。
運転手にやっぱりチップがいるな、などと考えているうちに、彼はもう注文を始めている。店員さんは日本語が分かるし日本語のメニューもある。ここは家族でも来れるな。まず乾杯のビール、次は人事の話が始まる。サラリーマンの常である。どこの部署の誰々が執行役員になったとか、誰さんはどうも左遷されたようだとか定番の話が続く。
ある会社の人事担当役員が言っていた話である。会社のOB総会で一番盛り上るのは、現在の会社の組織図だそうだ。「あいつは俺が育てたんだ」「あんなやつが出世するなんて大丈夫か」という調子らしい。だが私は感覚が違うのか、会社のことにまったく興味がなくなった。現場で一緒に苦労をした人は覚えているが、去るもの日々にうとしで名前も顔もどんどん忘れてしまう。村田君、会社の話をよく喋りよく飲む。

料理が次々と運ばれテーブルに並んでいく。辛い野菜サラダのソムタム、豚の串焼きムーピン、生春巻きのポピア・ソット、エビのすり身をあげたタイ風さつま揚げトーマンクン、鶏肉をパンダンの葉で包んで揚げたガイ・ホー・バイトゥーイ、エビの焼き物クン・パイである。バイトゥーイは下ごしらえをした鶏肉がとても美味しい。
どの料理もあまり辛くなくて口に合う。キャベジズ&コンドームもそうだが、日本人客とタイ人客のレシピが違うのかもしれない。それくらい食べやすい。「もちろん、プーパッポンカレーもいきますよね」「大丈夫、そんなに食べられるかな」「大丈夫ですよ。ここのカレーは美味しいですよ」そういう彼の前にはシンハービールの瓶が並んでいる。さっきはもっとあったように思う。店員さんが片付けてくれたんだろう。
「かもさんは海外経験が無いですよね」「一度、タイの話があったけど断った」「かもさん、僕に行くべきだと言いましたよね」なにか絡み口調になってきた。「僕のときは、家族で赴任しなくっちゃいけなかったんだ。中学生の娘が嫌がってね」「それだ、単身赴任ができるようになったのがいけないんだ」
その拍子に手がビールのコップに当たって倒れてしまう。ビールがお皿の間に流れ出す。「ノーン」お嬢さんを呼ぶと笑顔でやってきて嫌がらずに拭いてくれた。

旅の教訓 タイ料理 ガイ・ホー・バイトゥーイは美味い
「村田さん、どうしたのですか」彼の名前を知ってるんだ。「ちょっと酔ったようだね」「無理しないでね」「水を飲んで酔払ったらおかしいけれど、酒を飲んで酔っぱらうのは当たり前だろう」なるほど筋は通っている。「確かにそうだけど大丈夫か」「みんなそうだ、大丈夫かと聞いてくるけど、それだけなんだ。同情するなら金をくれ」それちょっと古いぞ。
それからも会社への不満が続いたが、どうもそれだけではないようだ。「どうしたの、何かあったの」「単身赴任で4年目なんですが、もう嫌になったんです」「どうして、僕だって単身赴任が許されたらタイへきたよ。日本での単身赴任だったら12年やったよ」「かもさん、その間、家庭はどうしたんですか。奥さんに任せっきりですか」そう言われるとちょっとつらい。
「一昨日、妻から電話があったんです、凄く取り乱していて。でも直ぐに帰れないじゃないですか。仕事をおいて帰るわけにはいかない」彼から聞かされた話は驚かされた。彼は中学1年生と小学4年生の娘がいる。去年長女がスマホが欲しいと言い出した。彼はまだ早いと反対したが、妻が今どきの子供は必要ということで中学生になると同時に渋々持たせた。それが間違いだった。

娘の援交疑惑
数日前の夜、妻がソファに置いてある娘のスマホを見た。娘の部屋に持って行ってやろうと手に取った。メールのお知らせがきていた。何となく怪しいサイトからだ。いけないと思いつつ見たらそれが援交サイトだった。中学1年生の少女が援交サイトに登録していた。妻はとても驚いたがスマホを元に戻しておいた。
「お母さん、私のスマホ知らない」「ソファに置いてるんじゃない」「あった〜」娘は普段通りだ。だが妻の心は穏やかでない。どうしよう、問い詰めるべきか。娘と言っても別人格である。スマホを勝手に見たといったら怒るのは目に見えている。どうしてこんなときお父さんがいないのかしら。もう子供のことは私ばかり。そんな妻から電話が架かってきたのが一昨日の夜、家からかけられないので近くの公園からだった。
「あなたどうしたらいい、帰ってこれない」「急には帰国できないよ、だからスマホはまだ早いっていったじゃないか」「私が悪いっていうの」それからはお決まりの夫婦喧嘩である。結局、娘がへんな所へ行く様子がないか注意する、彼がなるべく早く帰国して娘と話すことになった。娘が援交など最悪の話である。彼だって飛んで帰りたい。たが彼は来週は本社の偉いさんが二人、顧客の役員が一人のアテンドが入っていて帰れない。なんでタイなんかきたのか。

女の子だって性に興味を持つ
それが昨日の話、悶々としている所に私がバンコクにきているのを聞いた。私は鴨の一種だったかもしれない。「そうか、それは大変だね。でも君が心配するほでもないかもしれないよ」「人ごとだから、そんな事が言えるんですよ」「男の子が性に興味を持つのは当然だけど、思春期の女の子も性に興味を持つんだ。知り合いの女性だけどね、小学生の頃、テレホンクラブに登録して友達と一緒に男をからかっていたそうだ」知り合いといってもデリヘリのお姉さんだがそれは言わないことにした。
「でも危うい年頃だから、一度じっくり話あった方が良いだろうね。酔った今日は止めるべきだけど」「なんで単身赴任なんかしたのかな」「君は娘さんとは良く話すのかい」「話しますよ、姉妹とも仲が良いです」「それだったら大丈夫、自分の子供を信じようよ」「大丈夫ですかね」もう寝そうになっている。昨日はあまり寝てないのだろう。先ほどのお嬢さんにアイコンタクトを取ると勘定をお願いする。「こんな村田さん見たことありません」「娘の父親は何かと心配なんだよ」
運転手さんを呼んで足元のおぼつかない彼と一緒に彼のマンションに帰った。「大丈夫ですよね」を何度も繰り返す彼と別れて、運転手さんにお願いしてスクンピッドまで送って貰った。「村田さん、どうしました」運転手さんが心配そうに聞く。みんなが心配している、村田君はいい奴なんだな。

単身赴任は結構つらい
単身赴任はこういう辛さがある。現代の若いサラリーマンから見れば家族がバラバラに暮らすなんて信じられないかも知れないが、ある程度の地位になれば単身赴任は仕方なくなる。家族で転勤できれば良いが、妻が働いている、子供が中高生なら生活環境を変えるリスクが大きいなど難しいことがある。
結果、父親が単身赴任をすることになってしまう。父親だって子供と一緒にいたいが子供に必要なのは母親である。男はそう思って単身赴任をするが男だって辛いんだ。さっきの会話は、バンコクまでやってきているのにまるで大阪第4ビルや新橋でする話だった。サラリーマンはどこへ行ってもサラリーマン、世界中で頑張るちょっと切ない男たち、それがしんみりさせる。
そんな気持ちと関係なく夜の街は賑やかだった。この気持ちはいけない。洗い流して帰ろう。幸いにしてスクンピッドはマッサージ店は多い。一汗流してからホテルに戻りビールを飲んで彼と娘の話が上手く行くように祈ろう。
2周間くらい経った頃、彼からメールが来た。「かもさんの言う通りでした。妻の取り越し苦労だでした。娘はもうしないと言ってます。妻はご機嫌斜めですけど。またタイに来たら言ってください、この間の埋め合わせしますから」ホッとした。一言文句を言う前に、ホリャ親父さん、ホリャ親父さん、あんたの娘を信じなさい、ホレ信じなさいだった。

男はつらいよ
残念ながらこの話はハッピーエンドでは終わらない。彼と妻の関係その事件以来ギクシャクしたままだった。離れているから気持ちのすれ違いが続く。そのうち妻と連絡がつかなくなった。電話もラインもつながらない。どうしたんだと心配していたら弁護士から離婚届が送られてきた。彼は家族のために、単身赴任をしたが妻や子供はその気持を理解しなかった。男はつらいよである。


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