「ちょっと怖い」と彼女はつぶやきながら身体を寄せてくる。寄せるといっても距離が縮まっただけで肌が触れ合うわけではない。いつもはもっと離れていてどんどん前を歩いて行くのが立ち止まっている程度である。周りを見ると観光客の数が随分減っていた。

旅の教訓 夜市はあまり遅くならない方が良い
ここは士林夜市、台湾へ来たらぜったい行きたいと言うので遅い時間に無理をしてやってきた。夜はだいぶ更けている。屋台や通りの人たちのタトゥーが目につくようになる、賭け事の店に集まっている人たちは剣呑な感じがする。男たちの目つきが鋭くなり、女たちの口調も激しくなった。
観光客が多い早い時間とは雰囲気が違っている。余所者の時間は過ぎ、台湾の人たちの本来の時間に戻ったのだろう。外国の深夜である、これは早く帰ったほうが良さそうだ。どちらともなく帰ろうとなった。

そう決まったら早く帰ろうと気持ちが急くのに、喉が渇いたからジュースが飲みたいと彼女が言う。さいわい飲み物の屋台はいっぱいある。彼女は金柑檸檬汁を私は檸檬汁を頼んだ。屋台のおじさんは短い柄杓で桶からジュースを掬う、もちろんカップを持つのも掬うのも素手である、一関節ほどカップに指が入っているように見えるのは気のせいだろう。
檸檬果汁は酔った喉にとても美味しい。彼女の金柑檸檬果汁も美味しかったそうだ。街のドリンクショップも良いがちょっとくたびれた屋台の果汁もうまい。屋台は旅の大きな楽しみだけど今夜は果汁より甘い時間が待っているはずだ、早く帰ろうよ。

旅のお勧め 台湾は街も屋台も飲み物天国
台湾は飲み物の種類が豊富である。果汁や汁とあれば果物ジュースである。奶(日本語で乳(ちち))はミルクで、茶は当たり前だがお茶で、水果茶となったらお茶に果物が入っている。
茶や汁にプラス養楽多とか緑茶多というのもある。多というのはヤクルトで、屋台に檸檬汁+ヤクルトと日本語で書いてある。文字通りヤクルトを足したもので10元(?)ほど高くなる。檸檬汁+ヤクルトを飲んでみるとこれがなかなか美味しい、この組み合わせは日本で流行ってもよさそうだ。

珍珠奶茶とか波霸奶茶はタピオカミルクティである、珍珠はタピオカと想像できるが波霸はなんだろう。波霸は爆乳という意味らしい。タピオカの黒い珠や白い珠はミルクを出す爆乳の乳首なのだろうか。同じ飲むなら爆乳がいい。101の珍珠奶茶のタピオカは大きかった、冷凍庫からドンと出された冷凍珍珠は爆乳の名に相応しかった。
珍珠奶茶はけっこう甘い、暑い時期にはうまいが苦手な人は糖度を指定したほうが良い。おじさんたちに甘さは似合わない、初めて飲んだときは残してしまった。女性たちは平気である。台湾の飲み物は女性にこそふさわしい。

南国のフルーツとお茶文化の融合
台湾が世界有数の飲み物王国なのは、お茶の文化がありながらフルーツの種類が豊富だからだ。牛もいるからミルクもある。タピオカやタロイモ、豆乳など野菜系の食材も充実している。材料の組み合せは無限に近い。
木瓜牛奶はパパイヤミルク、芋頭牛奶はタロイモミルク、冬瓜茶はお茶がついているが冬瓜を甘く煮た飲み物、漢字でなんとなく分かるのも楽しい。百香果汁はパッションフルーツ、甘蔗汁はサトウキビ、西瓜汁は文字通り西瓜のジュースで乾いた喉にピッタリだ。
これに加えて愛玉がある。台湾特有の植物から作られるゼリーだ。味も香りもない触感だけの素材にレモンや蜂蜜の味がついている。食べ物の食感を楽しむ女性にピッタリである。日本で言えばトコロテンのような位置づけか。地瓜球はサツマイモのから揚げボール、胡椒餅はあまり胡椒の味がしない肉まん、屋台や売店のファーストフードとドリンクは台湾旅の醍醐味といえる。
ドリンクスタンドの前で熱心にメニューを見ているおじさんは変だが、果物をミキサーにかけて作るフレッシュジュースは美味いのでつい立ち止まってしまう。

バジルシードは、カエルの卵そっくり
観光地には変わったものもある。バジルシードに出会ったのは烏來温泉だった。渓流に側の売店にあった。珍しかったので買ったが、飲むのにちょっと勇気がいる。半透明のゼリーの玉が数珠つなぎになって小さな黒い球が芯にある。子供の頃これによく似たものを見たことがある。
知り合いの女性に写真を送ると、速攻で「カエルの卵はダメ!」と返ってきた。渓流にカエルの卵、なるほど。飲んでみるとレモン味でプリプリとしている。中国人は雪蛙の脇腹のゼリーのような脂肪を食べるから卵も食べるのかもしれない。
と思ったが、これはバジルシードというシソ科の植物の実だった。台湾では山扮圓という。この実を水に入れると体積が30倍くらいに膨らみカエルの卵そっくりになる。私にその膨張力の数パーセントでもあればと思わざるを得ない。

旅の教訓 そんな日もあるさ
ジュースも飲んだし、さぁこれからだ。部屋に入ると彼女からラインが入ってきた。「ごめん、あの日になっちゃった」あの日ってもしかするとあの日、絶句しているとドアのチャイムが鳴る。ドアを開けるとビールを持った彼女が立っている。
「ごめん、これは奢りだよ」彼女なりに気を使っているのだろう。ビールを飲み始めるとできない事を忘れた。まぁ、こんな日も有るさと余裕をみせるが、酔ってきた彼女がベッドに足を投げ出しスカートが乱れて太ももが露わになるともういけない。

「こんな日も有るさ」の大人の余裕は何処かへ消えてしまった。手でしてくれないかな。馬鹿。
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